16/Feb./1998 開設
02/Mar./2001 追加

星座早見盤の世界



私たちにおなじみの天文教具「星座早見盤」。その歴史や機能、バリエーションなどを紹介します。


     *** 目   次 ***

1. 星座早見盤の歴史とアストロラーベ(2月21日更新!)
2. 星座早見盤のいろいろ(3月2日更新!)
3. 星座早見盤の使い方と機能
4. 早見盤余話…江戸時代にも早見盤があった?(3月1日更新)
     
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1.星座早見盤の歴史とアストロラーベ


  
アストロラーベ
拡大写真(44KB)
  
星座早見盤
拡大写真(17KB)


 星座早見盤(以下、早見盤と呼ぶ)は現在最も普及している天文教具といえます。学校の副教材として用いられたり、書店や科学博物館などで気軽に、しかも手ごろな価格で手に入ります。早見盤が現在のように一般に普及しはじめたのは19世紀頃のことで、この頃から紙製で印刷された早見盤が大量に作られました。

1.星座早見盤の歴史は謎
 これほど有名な早見盤ですが、その起源はよくわかっていません。一般的な説では、早見盤としての原型ができたのは17世紀頃で、平面アストロラーベから発達したとされますが、確証はありません。欧米の博物館で見かける古い早見盤でもせいぜい19世紀中ごろのもので、それより古いものにはなかなかお目にかかれません。19世紀中ごろの早見盤を見ると、基本的に現在の早見盤と同じ形態をしていて、紙製で印刷されている大量生産品です。しかし、いきなり完成された形の大量生産品が登場したとも考えにくく、どのように誕生したのかは謎に包まれています。

2.星座早見盤とアストロラーベ
 さて、星座早見盤のルーツといわれる平面アストロラーベ(以下、アストロラーベと呼ぶ)とは天文観測機器の一つで、文献上では6世紀、ビザンツのフィロポノスの記述に初めて登場します(ただし発明されたのはもう少し古い時代らしい)。アストロラーベは、太陽や恒星の高度測定による時刻や観測地点の位置の決定のほか、天体の出没時刻の予知、天球の座標変換などの計算、さらには測量や占星術にも使えるという多機能なもので、「数学的宝石」とまでいわれています。

 では、ここで早見盤とアストロラーベを比較してみましょう。

まず構造面での比較では
(1) 早見盤は恒星がプロットされた天球の投影板が下側、地平線の窓をくりぬいた板が上側にあるのに対して、アストロラーベはそれが逆になっている。
(2) 天球の投影については、早見盤は天球の内側から見た投影であるのに対し、アストロラーベは天球の外側から見た(つまり、天球儀と同じ)投影になっている。
(3) 天球の投影法については、早見盤は正距方位図法(注1)、アストロラーベがステレオ投影になっている。

などが挙げられます。
つぎに機能の面での比較をすると
(4) アストロラーベは、裏面にある照準器を用いて太陽や恒星の高度を測ることができる観測機器である。また、ディスクには高度・方位といった地平座標の目盛がついているので、観測結果から現在の時刻を知ることができ、時計としての役割も持っている。これに対し、早見盤には観測機器としての機能はなく、ディスクにもせいぜい子午線・卯酉線がついている程度である(地平座標が目盛られるようになったのは、プラスチック製品になった最近のことで、昔の早見盤には目盛はなかった)ため、単体で時計として用いるのは不可能で、他の観測機器の力を借りなければいけない。
(5) 一方、任意の日時の星空の様子の表示や天体の出没・南中時刻の予知などを行うときの操作については、早見盤は大変簡便であるのに対し、アストロラーベは構造上間接的な方法をとらねばならない。


 以上の比較から見て、アストロラーベは観測機器としての色合いが強く、早見盤は観測補助教材としての色合いが強いことがわかります。
 結論としては、星座早見盤のルーツはアストロラーベであるという直接的な証拠はありません。しかし、アストロラーベ・ルーツ説を前提にして話をすれば、早見盤はアストロラーベの機能の一部を取り出し、それを強化させるために改良を施されたものと考えられないこともありません。早見盤の歴史の謎は深く、それを探る楽しみもまた楽しいと言えましょう



注:

(1) これは、古くからある星座早見盤のほとんどがこの投影法であることを指しています。現在では、いろいろな投影方法のものが考案されており、この限りではありません。


参考文献

(1)宮島一彦:「アストロラーベについて」,日本科学史学会『科学史研究』第113号,1975
(2)宮島一彦:「アストロラーベの世界」,週刊朝日百科・世界の歴史70『船と地図』,朝日新聞社,1978
(3)伊東俊太郎:『近代科学の源流』,中央公論社,1978
(4)CAROLE STOTT :『CELESTIAL CHERTS』,CRESCENT BOOKS,1991
(5)高城武夫:『天文教具』,恒星社,1973
(6)野尻抱影 編:新天文学講座1『星座』,恒星社,1964
(7)中山茂 編:現代天文学講座15『天文学史』,恒星社,1982


付記

 この文は、1992年5月の日本天文学会春季年会(会場:大阪学院大学)において開かれた「新しい天文教具展」(天文教育普及研究会と日本天文学会による共催)の収録に掲載された文章を一部改変したものです。

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2.星座早見盤のいろいろ




 大阪市立科学館が所蔵している星座早見盤の中から、いくつかを紹介します。
いくつかの早見盤については、写真をクリックすると、大きい絵をみることができます。


写真解説
日本天文学会編集が編集した最初の星座早見盤


 日本天文学会では、発足当初から早見盤を編集し、出版社を通じて販売している。最も古いものは、1907(明治40)年9月初版発行のもののようである。ただし、学会は翌1908(明治41)年4月に正式に発足しているから、この早見盤は発足準備段階の時点で学会の名を冠し発行したものと考えられる。編集は平山信。天文学会発行の早見盤で編者の名があるのはこれだけである。
 この早見盤については、『天文月報』1908(明治41)年9月号(Vol.1,No.6)に広告が出ている。
写真のものは、1942(昭和17)年発行の第67版。
天文学会編集した戦後の星座早見盤(その1)


 戦後には、1951(昭和26)年に改訂版が発行されている。デザイン的には戦前のものと大差はないが、朝夕の薄明線、経度補正目盛、10日毎の天球上の太陽の位置などが追加されている。
天文学会編集した戦後の星座早見盤(その2)


 1958(昭和33)年には大改訂が行われ、全体の形が円形になり、星図部が金属製、窓部がプラスチック製になった。
 その後、1972(昭和47)年、1986(昭和61)年にも改訂され、現在に至っているが、総プラスチック製になったことと、デザインが少々変更された程度で、基本的な部分は1958年のものと同じである。
円筒形の早見盤


 円筒形の早見盤(早見筒というべきか)は割合早くからあったようだが、製品化されたものはあまり見かけない。最近では、ジュースの空缶などを利用するキットなどが見受けられる。
宮森作造編『ポケット星座早見』


 1929(昭和4)年発行。厚紙布張り二つ折りの豪華なつくりである。編集は天文同好会(現在の東亜天文学会)の宮森作造。この早見盤は、1929年8月に初版発行の後、同年12月には第4刷が発行されている。当時における早見盤の需要の一端をうかがうことができよ 1929(昭和4)年発行。厚紙布張り二つ折りの豪華なつくりである。編集は天文同好会(現在の東亜天文学会)の宮森作造。この早見盤は、1929年8月に初版発行の後、同年12月には第4刷が発行されている。当時における早見盤の需要の一端をうかがうことができよう。
佐伯恒夫編『新星座表』


 全天型早見盤では、赤緯が低い領域の歪みが大きくなる。そこで、北天と南天を分離し、北と南の空をそれぞれ見やすくする工夫がされるようになった。これはその一例で、南北分離型で、表面が北天、裏面が南天の星空を表示するが、その窓の形が特徴的である。
 学校の副教材としてつくられたものと思われるが、発行年など詳細は不明。
『星時計』


 空全体ではなく、ある特定の星座や星の見え方を表わす早見盤も各種ある。特に北斗七星やカシオペヤ座の見える位置を知るものは、「星時計」としてかなり古くからあったといわれるが、実際に商品として市販されたものはあまり見かけない。
 写真のものは、第二次世界大戦の戦前か戦時中ころのものと思われる。
佐伯恒夫編『星座案内』


 1948(昭和23)年発行。ブックタイプになっていて、ページを閉じるとその時に見える星空が表示される。
『北半球 星座の研究』


 発行年、発行者、著者、売価などは不明。先述の『星座案内』と同様、ブックタイプになっている。星座のイラストなども描かれており、色もカラフルで美しい。小学校の副教材として作られたものか。


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3.星座早見盤の使い方と機能




 星座早見盤は多くの情報を簡便に得ることができる有用な教具です。ここでは、星座早見盤の使い方と機能を簡単にまとめておきます。なお、早見盤にもバリエーションがあるので、一枚の早見盤が下記の機能のすべてを備えているとは限らないのでご注意下さい。


1.ある日時における星空を知る
 星座早見盤の基本の機能であす。2枚のディスクに目盛られた月日と時刻を合わせると、窓にその日時の空が表示されます。実際の空と対応させる場合は、見る方向を下にして持つようにします。
 早見盤を持っている人の大半は、この機能しか用いていないと言っても過言ではないでしょう。


2.天体の出没時刻、方位を知る
 ディスクをまわし、早見盤の東または西の地平線上に目的の天体を置くと、その時の日時の目盛の値が天体の出没時刻であす。また、地平線上に方位角目盛りがあるものは、出没の方位を知ることもできます。


3.天体の南中時刻、高度を知る
 早見盤に子午線が描かれている場合は、子午線上に目的の天体をおき、その時の日時目盛の値を読めば良い。子午線上に地平高度目盛がある場合は、南中高度を知ることができます(赤緯目盛の場合は換算の必要がある)。


4.恒星時および天体の赤緯・赤経を知る
 ディスクに赤緯・赤経目盛が付いている場合は、目的の天体を子午線上において日時目盛の値を読めば良い。赤緯の代わりに地平高度目盛がある場合は換算します。
 また、任意の日時の恒星時を知りたい場合は、日時目盛をあわせ、その時の子午線上の赤経値を読む。


5.太陽の天球上の位置を知る
 黄道上に数日毎の太陽の位置が記されているものは、任意の日時の赤道座標、出没時刻および方位、南中時刻および高度を知ることができます。方法は他の天体と同じなので省略。


6.薄明開始・終了時刻を知る
 朝夕の薄明線がある場合は、任意の日時における太陽の位置を薄明線上におき、日時目盛を読めば良い。日の出、日の入り時刻から薄明継続時間を知ることもできます。


7.観測地点の経度を知る
 日本では、東経135度での地方時を中央標準時としているので、観測地点によると経度差の影響が出ます(経度1度で、15分の時差)。そこで、天体の出没や南中の表示時刻と、実際の観測時刻との差から135度との経度差を知ることもできます。


8.現在の時刻を知る
 上述の機能の応用である。太陽や恒星の出没、南中、または高度・方位を観察し、その情報を早見盤に移しかえることによって、現在の時刻を知ります。


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4.早見盤余話…江戸時代にも早見盤があった?




 日本で初めて発行された星座早見盤は、1907(明治40)年9月に日本天文学会が発行したもの ということですが、早見盤によく似ている不思議なものが江戸時代に発行されています。
 それは、1774(安永3)年発行の天文書『天象管き(*注)鈔』(てんしょうかんきしょう)に見られる図です。

  
『天象管き鈔』の図
拡大写真(58KB)
  
その星図部分
拡大写真(59KB)
この図の主な特徴としては、
円盤上に星図が描かれていて、円の中心は天の北極になっている。円盤は中心を軸に回転する。
星図の上に、楕円形の窓が開いた紙をかぶせる。窓から見える星図の範囲が、実際の地平線上で 見える星空を示す。
星座は当時の日本で使われていた中国流の星座が描かれている。
黄道上には、毎月の(中気での)太陽の位置が示されている。
 という点があげられます。  この図は一見して星座早見盤そっくりですが、よく見ると月日と時刻の目盛りがありません。 だから、早見盤としての役には立ちません。しかし、ここに目盛りさえ加えれば完全に早見盤という完成度です。
この本の著者は水戸の測量家の長久保赤水(ながくぼ・せきすい:1717〜1801)という人で、彼がなぜこの様な物 を作ったかは不明です。また江戸時代を通じて同様の物は他に見当たらな いのも不思議です。もしかしたら、赤水が外国から渡ってきた星座早見盤をどこ かで見て、それを不完全に真似て作ったのではないかと勝手に推測していますが、 もし本当ならば彼は18世紀に作られた初期の早見盤を見ていた事になります。
 星座早見盤の歴史は多くの謎に包まれていますが、この長久保赤水の図もその一つと言えましょう。


(*注):「き」は門構えの中に「規」と書く漢字です。使用しているパソコン辞書によっては表示されない場合が ありますので、便宜上、ここでは平仮名で「き」と書いておきます。


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