月刊うちゅう 2001 Vol.18 No.1
バーローの車輪 


図1.バーローの車輪

ロンドンのコベントガーデンにある骨董品店で妙なものを見かけた。写真と同型のものである。星型のものは銅板で出来ていて自由に回転することができる。台板にはくぼみがあって、星型の先端が入るようになっている。星型を挟んでいるのは磁石である。コベントガーデンで見かけたものは磁石がなかった。店主のアーサーに「これはなんだ?」と訪ねると、「くぼみに水銀を入れて、車輪→水銀と電気を流す。すると、車輪が回転するのだ。これはかの有名なバーローの車輪だ。」と自信満々に講釈をする。「水銀を入れて、電気を流すだけで回転する???そんなアホな!?」と言っても、会話が通じない。アーサーは近くにある水銀柱を指して「水銀、水銀」と繰り返すだけだった。



図2.アーサー()と著者(

数日後に別の所を訪ねた。ここはインターネット販売が専門で、店は構えていない。ロンドン郊外に倉庫と事務所を持っているだけである。この倉庫を物色させてもらった。そして、埃だらけのジャンク品の山から発見したのが写真の物である。これには磁石がついていた。アーサーの所での疑問が氷解した。これはファラデーのモーターの二番煎じなのだ。


図3.ファラデーのモーター

ファラデーのモーターは世界最初の電気モーターである。それは図のような装置である。導線を吊り下げ水銀に浸けることで、接触が良く弱い力でも自由に回転できるように工夫したものである。中央の棒状のものは磁石で、導線から水銀を通して外部へ電気を流せば、導線が磁石の周りをぐるぐる回転するのだ。左図は導線を固定し、磁石が回転するようにしたものである。1821年、この装置でファラデーは磁気が電流に作用することを初めて実証したのである。今日となれば、この追試は非常に簡単で、展示場4階「飛び出すコード」はそのための展示装置である。



図4.「飛び出すコード」

しかし、当時は強力な磁石もないし、電池が発明されて20年という時代で電源もなかったのだから、ウルトラCであったに違いない。バーローの車輪はファラデーの発見から2年後の1823年に発明されたものである。構造を比較して分かるとおり、ファラデーの二番煎じである。しかし、この様な物がロンドンでは出回っている。イギリスは産業革命、科学発祥の地であり、さらにファラデーは紙幣の肖像画になるほどのイギリスの英雄である。鎖国をしていた日本との違いをこのバーロー車輪が語っているように著者は感じるのである。
  倉庫で発見した時は、ここまでの知識はなかった。物の構造からファラデーの二番煎じ品と分かっただけである。しかし、これは面白い、値切って入手しようと心に決めた。「これはバーローだな。」と店主にはったりをかけ、売り値をたずねた。結構安い値を言ってきた。さらにはったりをかけた。「コベントガーデンのアーサーのところにはもっと良いものがあったぞ!」と。そしたら、最初の値段の端数だけとなった。なんといいかげんな業界であろうか。さらに、いいかげんさを思い知らされた。彼の倉庫から相当数を買い付契約をしたのであるが、日本へは全てが届かなかった。他の所へ売り飛ばしたらしい。契約後でも条件の良い買い手が見つかれば、そちらへ回してしまうのだ。
 現代生活を見渡すと電気で動くもので満ち溢れている。電気冷蔵庫、電気洗濯機、エアコン、扇風機、ヘアードライヤー、ヘッドホンステレオ、携帯電話、電気自転車、大きな物では電車、などなど。これらは全て電気モーターを使用しているのであり、これがなければ現代文明は成り立たない。ファラデーのモーター、バーローの車輪はその先駆けであり、これが進化して現代文明を支えているのである。