月刊うちゅう 2004 Vol.20 No.2

南欧珍道中
−ミュンヘン−


 去年、科学館は小判やローマ時代のコインなど古銭を初めて入手しました(図1)。1これをきっかけに文献を拾い読みしていると、最古のコイン、コインの製造方法、コイン以外の古代金属・冶金、鉱山技術、青銅の起源、古代の科学技術、古代の政治経済などと様々な興味が沸き起こり、とうとう古代の現物を見るべくこの2月に南欧へ発つことになりました。


図1.ローマ帝国ディオクレティアヌス帝銅貨(AD284-305)

 最古のコインは、紀元前7世紀にリディア王国で金と銀の自然合金であるエレクトロンを打刻して作られたものとされています(図2)。リディアはエレクトロンを豊富に産出したので、当時の列強の中で存することができたそうです。このコインはトルコのエフェソスにあるアルテミス神殿から大量に発掘されました。それで、これは神殿への貢物で、献上者を顕示するためにエレクトロン塊に家紋を打刻したものとの説もあるようです。この発掘現場、アルテミス神殿に行こうとしたのですが、テロ続発のためトルコ行きは断念。まずは、ミュンヘンのドイツ博物館へ行くことにしました。ここでは古代の金属から現在の冶金学までを大きく取り扱っていますし、また、本誌でも何度か紹介されたように世界最大級の科学博物館です。この機会を逃す手はありません。


図2.最古のコインBC7世紀

 ドイツ博物館に着くと、殺風景な中庭で無造作に設置された巨大な発電用の水車が待っていました(図3)。建物内へ入ると、大型の実物資料がズラーッと並んでいます。


図3.ドイツ博物館の中庭

 大阪市立科学館の10倍をはるかにこえる展示場で、展示品数もまさに無尽蔵。全て歩きとおすと20kmを超えるそうです。さて、この広大な展示場の一角に金属のコーナがあります。古代の金属にはじまり、産業革命時の製鉄・鍛冶場の再現、現代の冶金と実物資料が並び、近代の金属機械へ続きます(図4)。

 
図4.産業革命時の鍛冶場と飛行機の実物

 古代から現代の金属文明の歴史を実物で実感させてくれます。古代の金属のコーナにはコインとして使われたと思われる金のインゴット(図5)、そして先に述べた最古のコインがありました(図2)。インゴットは品質を確かめた形跡と思われる切り目があります。最古のコインはエレクトロン塊に単純な打刻をしただけのものです。貨幣経済の黎明期でしょうか、当時の人々の生活が目の当たりに思い浮かぶようです。


図5.800BCの金インゴット

 ところで、私にとって青銅発見のルーツは非常に興味深いものでした。石器時代の次は青銅器時代と区分けされます。ですから、石の次は単体金属でなく、青銅という銅と錫の合金の時代と単純に思い込んでいました。この思い込みのまま「なぜ、単体金属の時代を飛び越して、合金の時代なのか?」と疑問を抱いていたのです。最近発行された「古代の技術史」フォーブス著(みすず書房)に青銅発見についての推測があるのですが、どうも満足できません。そんな私に、ここドイツ博物館で冶金学を担当する学芸員は「初期の青銅は合金でない。砒素を含んだ銅鉱石を焼いて得られた砒素青銅だ。ミュンヘンあたりではBC500年ごろからやっと合金として青銅が作られるようになった。」と言うのです。不勉強の私には青天の霹靂。「本当に彼がそんなことを言ったのか?」と不安をおぼえる一方で、青銅に関する疑問は氷解したような気分でした。とにかく「青銅は、銅も錫もそれぞれが十分供給されるようになってから、合金としての青銅が発明されたのであろう。」と単純な自説を持って、ナポリへ向かうことにしました。

1詳しくは、http://www.sci-museum.kita.osaka.jp/~saito/にある「雑記」参照