「アープの世界」副読本

  1. 天の川の正体

      「天の川」星空に横たわる白く淡い光の帯を古代ギリシアの人々は「ミルクの道」と呼んだ。 天の川の英語名“Galaxy”はギリシャ語の「ミルク」から来ている。 またの名前を“ Milky Way”とも言うが、もちろん「ミルクの道」である。 中国では銀河・銀漢と呼び、天を流れる川に見立てていた。

       この天の川の正体に迫ったのは今から400年前、イタリアの天才科学者ガリレオ=ガリレイである。 ガリレオは手製の小さな望遠鏡で天の川を観測し、そこに無数の星を見出した。 天の川は太陽のような星=恒星の大集団だったのである。

      ではなぜ星は天の川のように帯状に集まっているのだろうか?

       ガリレオの発見から150年たった18世紀後半、 イギリスの宮廷音楽士兄妹が宇宙の中で星はどのように分布しているのかを明らかにしようとした。 ウィリアム=ハーシェルと妹のキャロラインである (彼らは望遠鏡を自作して熱心に観測を続け(天王星も発見した)、 後にイギリス王室付き天文学者に任命された)。
      ハーシェルは丹念に星の明るさを調べ「明るい星は近くにあり、暗い星は遠くにある」 との仮定の下、「星は円盤状に集まって星雲を作っている。宇宙には星雲が点々と散らばっている」 との結論を得た。

      彼らの仮定は今日の知識から言えば決して正しいものとは言えなかったが、 結論は驚くほどに的を射たものであった。

       我々の地球、そして太陽系は「銀河系」と呼ばれる巨大な星の円盤の中にあり、 宇宙には銀河系と同じような星の大集団「銀河」が無数に存在する。 天の川とは銀河系を中から眺めたものである。 宇宙に存在する無数の銀河と区別するために、我々の銀河を特別に「銀河系」または 「天の川銀河」と呼んでいる。

       しかしながら、ハーシェルの卓見にもかかわらず、本当に「星雲」の正体に決着がついたのは、 それからさらに150年もたった20世紀初頭であった。「星雲」には2種類あったのである。


  2. 銀河:島宇宙論争

       1774年、後世にまで名を残すカタログが作られた。 メシエカタログ、いわゆるM天体である。 コメット・ハンターのメシエは彗星と間違えそうな天体を予めまとめておくことを思いついて実行した。 代表的な天体としてはM1(カニ星雲)、M42(オリオン大星雲)などがあるが、 M31(“アンドロメダ星雲”)、M51(渦巻き星雲)などのように形の整ったものも含まれていた。 後者は生まれつつある原始惑星系の姿ではないか、とも考えられたこともあった。 天体までの距離が分からなかったため、銀河系の中にある小さな天体なのか、 系外にある巨大な天体なのか、分からなかったのである。

       そして1920年4月、アメリカで天文学史に残る大論争が起きた。 シャープレー対カーチスの「島宇宙」論争である。

       シャープレーは「渦巻き星雲は銀河系の中にあるか、 もしくは銀河系の周りを回る天体である」と主張した。 一方、カーチスは「渦巻き星雲は銀河系と同じような星の大集団”島宇宙(銀河のことを当時はこう呼んでいた)”である」と主張していた。

      この論争に決着をつけたのはアメリカの天文学者E.ハッブルである。 ハッブルはウィルソン山天文台の望遠鏡を使って天体までの距離を測り、 アンドロメダ“星雲”が銀河系のはるか外にある同規模の巨大な星の集団であることを証明したのである (今日では「アンドロメダ銀河」と呼ぶ)。
      ハッブルは“系外星雲”=島宇宙(銀河)を精力的に調べ、「渦巻き型」「楕円型」「不規則型」の三種類に分類した。 いわゆるハッブル分類である。
      また、遠くの銀河ほど速く遠ざかっているように見えるという「ハッブルの法則」を見出した。 これは宇宙が膨張していること(ビッグバン宇宙)を示す重要な発見であるが、ここでは割愛する。


  3. ホールトン=C=アープについて

       どれ一つとして同じ形がなく、個性的な存在である銀河を「渦巻き型」「楕円型」「不規則型」という3タイプに分けるハッブル分類はあまりに単純で、 「銀河とは一体どういうものか」という本質を見失わせるのではないか、 そう考えたアメリカ・ウィルソン山天文台の天文学者H.C.アープは1966年、 独自のカテゴリーに基づいた銀河の分類表をつくった。 これがアープ・カタログである。
      アープ・カタログに載っている銀河の数々は銀河の性質や銀河同士の相互作用を調べる上で大変重要な研究対象であり、 今日でも多くの銀河天文学者がアープの銀河を詳しく研究している。

       このように優れた業績を残しているにもかかわらず、 現在アープ本人はアメリカ天文学界から“追放”され、まともに相手にされることはない。 クエーサーという特殊な天体について天文学界における主流の考え方に異論を唱えたからである。
      クエーサーは光速に近い速度で遠ざかっているように見える謎の天体である。 ハッブルの法則(宇宙膨張)に従えばクエーサーは宇宙の果て(宇宙の地平線)に近い遥か彼方の天体 (現在では遠方銀河の中心にある巨大ブラックホールであるという考えが主流である)ことになる。 アープはその説に異を唱え「たとえクエーサーが速く遠ざかっているように見えたとしても、 それは遠くにあるからではない」と主張したのだ。
      ハッブルと同じ天文台で、同じように銀河のカタログを作ったアープが、 ハッブルの法則に反する主張をしたために天文学界から異端視され“追放”された、 というのは何とも皮肉なこととは言えないだろうか。


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