生命物質の謎に光明?

なぜ地球上の生物はL型アミノ酸だけからできているのか

  化学物質、特にアミノ酸や糖など、生命の素になる物質の分子の多くは「鏡像異性体」 を持ちます。「鏡像異性体」とは構成元素も分子量も構造も全く同じなのに、鏡のこちら側とあちら 側(鏡に映ったもの)、あるいは右手と左手のような関係にある分子のことです。 化学的に分子を合成すると必ず右手型(D型)と左手型(L型)が同数できます (これを「ラセミ混合物」といいます)。

  しかしながら、なぜか地球上の生物は一部のバクテリアを除いて 全てL型アミノ酸とD型糖類だけ から構成させているのです。これを「生命の単一掌性」といい、長い間その起源や理由が 謎でした。

鏡像異性選択的磁気立体異性光化学合成の成功

  今回、グルノーブル高磁場研究所の Rikken と Raupach は静磁場をかけた状態で 分子の光合成実験を行い、右手型もしくは左手型のどちらかが選択的に合成されたことを 英国の権威ある科学雑誌NATUREで発表しました。
  これまで磁場によって偏光が生じること(ファラデー回転など)、 右手型と左手型で偏光の吸収の度合いが違うこと(Wagniere & Meier 1983)は 分かっていました。
  今回は偏光していない光を15テスラ(地磁気の15万倍!)の静磁場 の下で3価クロムのしゅう酸錯体(鏡像異性体を持っています)溶液に通し、 磁場に平行に光を通した場合と反平行に通した場合で吸収の度合いが違う、 という結果が発表されました。これは光+磁場の条件下で右手型か左手型のどちらかが 選択的に光をより吸収して壊されたことを意味しています。

  地球上にしろ宇宙にしろ磁場も光もありふれています。地球はたまたま L型に偏った場所に生まれたので地球生命がL型アミノ酸を選択したのかもしれません。
  ただ今回の実験は15テスラというとてつもない磁場とクロム蓚酸錯体という特別な物質を使っていますし、 その吸収の違いも0.001〜0.0001というとても小さいものでした。
  今後、地球磁場や宇宙磁場のような弱い磁場環境でアミノ酸や糖類についても 鏡像異性体の選択的合成が行われることを確かめていく必要があります。
  まだまだ「生命の単一掌性」に決着が付いたわけではありませんが、 今回の研究は生命物質の起源に磁場と光がかかわっている可能性 を初めて示した画期的なものといえるでしょう。

原論文:Nature 405, 932-934 (2000)


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