ある日の投影〜新しくなった大阪市立科学館プラネタリウム〜石坂千春（大阪市立科学館）１． いざ学習投影へコンソール（プラネタリウムの操作卓）に上がる暗い通路は客の視線の届かないホールの裏にある。明かりといえば非常口誘導灯しかない薄暗い廊下を通りながら、投影の前はいつも心臓の鼓動が激しくなり、喉が渇き、お腹がグルグル鳴る。今日はどんなお客が来ているのだろう？うまくしゃべれるだろうか？楽しんでくれるだろうか？ いくども深呼吸をしながら、自分の心を落ち着かせていく。 この緊張感は就職して何年たっても変わることがない。 2004年７月、大阪市立科学館のプラネタリウム投影機器が一新された[1]。 本体（インフィニウムＬ-OSAKA[2]）が映し出す星像はおそらく日本で一番美しく、そしてもっともホンモノの星空に近くなった。 全天周動画システム（バーチャリウム��[3]）が導入されて、ＣＧをドーム（ホールの丸い天井）いっぱいに展開できるようになり、臨場感と迫力が増した。 8台のパワードスピーカーがドームを取り囲み、音が包み込むように星空へと誘うようになった。 その代わり、操作手順も旧機種とは比べものにならないくらいに複雑に、かつ増大し、それがまた緊張感を高めることになった。はたして今日の投影では新しい機器類をうまく操作できるだろうか・・・？ ２． 何を投影しよう？今日は学習投影。小学校4年生、２校180人が来ている。 ホールに入ってくる小学生の第一声はたいがい「わぁ〜！大きい〜！」だ。大阪市立科学館のプラネタリウムホールは直径26.5ｍ。 世界でもトップ10に入る大きさを誇る。従来の光学式プラネタリウムと全天周動画システムを併用する施設としては世界最大クラスである[4]。 観客は、やさしい光を放つ室内照明にも驚くはずだ。ホールは全周を取り巻く427灯の発光ダイオード（ＬＥＤ）によって照明されている。これも世界初の試みだ。赤・緑・青のＬＥＤが1677万色あまりの微妙な色合いを生み出し、雰囲気を盛り上げる。夕焼けから薄明への空の色の変化も、プラネタリウム本体に組み込まれた夕焼け投影機と併用することにより、よりホンモノに近くなった。 ある調査によると小学生の40％以上がホンモノの日の入を見たことがないという[5]。はたしてプラネタリウムの日の入は小学生にどんな印象を与えるのであろうか・・・？ ３． こんなこともしちゃうぞ学習投影では、まず方位と自分の位置を確認する。ここでは「南」が前、「東」が左だ。 「頭の真上を見てみよう」 プラネタリウムでは、本当の空と天頂の位置が違う。 席によっては星座の位置や形がゆがんでしまうのが唯一といえる難点だ。ここ大阪市立科学館のプラネタリウムは約20度の傾斜型なので、南の星は低く、北の空は見にくくなってしまう。その点を最初に確認してから、太陽の一日の動きに入る。 全天周動画システムが大阪の街を映し出し、プラネタリウム本体から太陽を映す。時間とともに太陽が動き、南でもっとも高くなることを確認する。 バーチャリウム�兇陵イ譴燭箸海蹐蓮噺�跡残し”ができることだ。太陽の日周にあわせ、その後に軌跡が表示される。太陽の動きが一目瞭然だ。 プラネタリウム本体は二至二分の太陽を同時に映し出すことができる。 「高い太陽、中間の太陽、低い太陽、どれが夏至の太陽だろうか？」 小学校では季節の太陽の高さの違いを習わない[6]。はたして少なくない児童が一番低い太陽を「夏至」と答える。地面に一番近いからだろう。しかし「太陽は高く上れば上るほど熱く感じる」ことは一日の太陽の動きを理解していれば簡単に推測できる。 「朝、太陽は低いところにある。昼、太陽は高く上る。朝と昼、どちらが温かい？」 南という漢字の成り立ちが、太陽がもっとも高く上る方向、暖かく木が茂っている方向を示していることを話す。 太陽の話が終われば、月も見る。 月の形と方向が日によって違うことも、プラネタリウムとバーチャリウム�供△匹舛蕕任盂稜Г任�る。 たとえどちらかが故障していたとしても、なんとかなる、なんとかする（※でもホントは泣きたくなる、なんとかしてほしい・・・）。 ここでもバーチャリウム�兇琉厠呂�発揮される。 なぜなら、自由自在に月を拡大することができるからだ。 200倍にして投影すると、ドーム全体を覆うような巨大な月に子どもたちは息をのみ、歓声を上げる。 してやったり！の瞬間だ。 さらに、おまけとして月の誕生と地球環境についても考えさせる。 月の誕生については“大衝突（ジャイアント・インパクト）説”が有力だ[7]。 誕生したばかりの地球に巨大な亜惑星が衝突する様をバーチャリウム�兇蚤膕散舛箸箸發忘童修垢襪函�※宇宙なのだから本当は音がしないはずだが・・・）迫力満点だ。 「この衝突がもし正面衝突だったとしたら、あるいは反対に起きなかったとしたら、地球はいったいどうなっていただろう？人類は誕生していただろうか？」 答えのない問いかけをしながら、月の話を終える。 そしていよいよ夕暮れ、星の世界へ出発だ。 ４． 星の話夕暮れはプラネタリウムで特に印象的な時間だ。静かにゆったりと流れる音楽の中で一番星、二番星が輝きはじめる。曲の盛り上がりに合わせて流れ星もサービスする。ノリのいい子どもたちの場合、ここで拍手が起きることもある。でも今日は比較的静かに夜の帳を待っているようだ。 音楽のボリュームを絞っていくと子どもたちの集中力が高まっていき、耳をそばだてていくのが分かる。ここからが本領発揮だ。 街灯かりがまぶしい大阪ではそれほどたくさんの星は見えない。でも今日は木星が出ているので、子どもたちに探させる。 「今見えている星の中で、一番明るいのはどれ？」 子どもたちは思い思いの方向を指差す。 「あれ！」 「あれってどれ？･･･これ？それ？どれ？」 星を指し示すのに「方角」と「高さ」が便利であることを確認し、正解をハンドポインターで示す（※ハンドポインターは解説者にとって、指示棒であり、補助投影機であり、“魔法の杖”である）。 明るい惑星の見え方には特徴があり、星座の星（恒星）と簡単に見分けられる。惑星は瞬かないのだ（※恒星と違い、望遠鏡で見ると模様が見える）。 大阪市立科学館のプラネタリウムでは星座の星はすべて瞬き、そして惑星は瞬かない。本当の夜空で見るのと同じ様子を再現できる。大きなセールスポイントの一つだ。 惑星の話にからんで、ここでバーチャリウム�兇鮖箸ぁ�太陽系の話をする。 太陽系フライバイ。太陽系の惑星軌道が示され、黄道面を突き抜けて俯瞰する。地球は太陽系第三惑星。 惑星は地球の兄弟星、ご近所さまといっていい。星座の星はもっともっと遠いところにある。 星々の光は何年も何十年も何百年も宇宙空間を旅してようやく地球に届いている。とても貴重なものだ。残念ながら大阪では街灯りのせいで、そうした星々の光が消えている。「もし、街灯りがなかったら・・・そう、こんな星空が毎日見えているはず・・・」 街灯かりを消すと、そこは降るような満天の星！子どもたちの歓声が上がる。 「うっっわー！！」「きれーい！！」 我々が投影機器の更新にあたり、最もこだわった点、それが星の表現だった。 プラネタリウムで映し出せる星は多ければいい、というものではない。どんなに条件のいい星空で、どんなに目のいい人が眺めても、見える星の数は数千個だ。映し出されるのは一等星から6.5等までの9500個。見えない星はいらない。ホンモノに近くなければ、それはウソの表現だからだ。 その代わり、一等星はあくまで明るく、六等星はあくまで暗く、明るさにメリハリを。そして一等星と二等星にはスペクトル型に応じた固有の色を。すべての星に瞬きを・・・。 そう、ここで目にする星空はどこまでもホンモノの空に近い。 とはいえ、子どもたちはそんな機械の性能には興味がないので、お待ちかねの星座の話をしよう。星座の話をする時は星座絵と星をつなぐ線を出すのが分かりやすい。星座絵は本体からも、バーチャリウム�兇�らも手元星座絵投影機からも出すことができるので、場合によってもっとも使い勝手のいいものを選択する。 星座線や星空の目印（春の大曲線、夏の大三角など）はバーチャリウム�兇�ら投影する。圧巻は88星座絵、全部投影！だ。場内から思わず感嘆の声がもれる。 星は星雲から生まれる。太陽も50億年前、ある星雲の片隅で誕生した。同じ星雲から地球が生まれ、その地球の上で人類が誕生した。人も地球も太陽もそして夜空の星々もみな同じ材料からできている。星と人とは兄弟だ。星には個々の明るさがあり、色がある。星の数ほど個性がある。人が一人一人みんな違うように・・・。 星は無数にある。地球から見えるのはほんの一部だ。バーチャリウム�兇鮖箸辰特擦け�宙旅行に出かけよう。３次元的に広がる星々の分布も、データベース[8]を装備するバーチャリウム�兇覆蘆狼紊�ら離れて表示することができる。100光年も離れれば星座の形は地球から見るのとは全く違ってくる。宇宙人が（もしいたとして）星空を眺めたら、どんな星座を作っているだろう・・・？ さらに離れれば、天の川銀河（銀河系）の巨大な渦巻きが見えてくる。その中心には太陽質量の260万倍という巨大なブラックホールも存在する[9]。バーチャリウム�兇�映し出す巨大なブラックホールの渦に子どもたちは声もない。 さて、そろそろ投影終了の時間だ。星の日周運動を見ながら夜が明ける。子どもたちにお別れの言葉と感謝の言葉をかけると、自然に拍手が返ってくる。 「今日はどうもありがとう。これで今回の投影はおしまいです」 ５． 明日・・・来る７月12-14日、日本全国のプラネタリウムが大阪に集結する[10]。 館の規模を越え、運営形態も越え、使用している機器やメーカーの違いをも越えてプラネタリウムの未来について話し合う。 少子化、理科離れ、経済不況・財政悪化、自治体合併、公立プラネタリウム館の閉鎖、指定管理者制度等、課題は山積みだが、我々は決して悲観しない。 星はなくならない、宇宙もそこにあり続ける。 地球は宇宙の一員であり、人間もまた宇宙の構成員である。 プラネタリウムの明日もまた、人々の夢とともに、未来に続いているのだ。 （いしざかちはる） 参考資料：[1]日本プラネタリウム協会プレスリリース[2]コニカミノルタプラネタリウム株式会社 [3]�蠍淨８�学研究所 [4]IPS Directory 2003 [5]斎藤哲瑯（川村学園女子大）2004 [6]文部省 小学校学習指導要領(1998年) [7]国立天文台 天文ニュース（235） [8]たとえばヒッパルコス・カタログ [9]ヨーロッパ南天文台のプレスリリース [10] 全国プラネタリウム大会・大阪2005 天文教育普及研究会「天文教育」2005年5月号（Vol.17 No.3）掲載 |