加藤賢一データセンター

2002年2月 第7回天体スペクトル研究会

オートプロバンス天文台のELODIEデータを使う


加藤  賢一(大阪市立科学館)
Ken-ichi Kato (Osaka Science Museum)

概 要

 フランスのオートプロバンス天文台は1.93m望遠鏡に付属しているELODIE分光器で取得された高分散分光データを公開している。主にA型以下の比較的低温の恒星を対象とし、総量は約1100データに及び、公開されているものとしては大部である。これは、特に観測手段のない孤立した研究者には有用と思われるので、ここで紹介する。  なお、このデータは下記のページからダウンロードできる: http://www.obs-hp.fr/www/welcome.html

1.はじめに

  観測手段を持ち合わせていない孤立した研究者が恒星スペクトルの研究を進めることはなかなか困難であり、それを克服するための手段を本研究会で筆者は追求してきた(加藤1994、1999)。その2回の発表では紙媒体によって提供されている観測データを中心に紹介したが、ここ数年間の急速なインターネット網の整備により環境は大きく変貌し、手軽にデータを取得できるようになってきた。ただ、これはデータの流通手段が整備されつつあるということであり、恒星スペクトルの観測データ自体の提供はまだ緒についたばかりである。  そうした中で今回紹介するEDODIEデータベースは高分散の分光データを約1100ほど収納し、フリーで提供しているという点で大きく評価される。それもエシェル分光器のデータを一次処理した状態で提供しており、ほぼそのままの形でラフな解析ができるという点でも便利であり、われわれのように直接観測データを取得できない者には誠にありがたい。ここで概要をご紹介し、その利用をお勧めするものである。

2.EDODIE分光器

  EDODIE分光器はオートプロバンス天文台の1.93m望遠鏡に付属しているエシェル分光器で、1995年10月、最初に太陽系外惑星を51 Peg に見出したことで世界的によく知られるようになった。その規格・性能については Baranne et al.(1996) が記しているので、その概略を表1に略記しておく。岡山天体物理観測所のHIDESと同程度の性能と思えば良いようであるが、ELODIEは光ファイバーを使って光を導いているところが大きく違っている。代表的な分解能が42000である。波長域の中間の5500Åで0.13Åの解像度ということになり、写真時代で言えば4Å/mm程度の分散度に相当すると推察される(もちろんクオリティーが違うのでこの比較にはたいした意味はない)。

表1.ELODIEの主な性能一覧

代表的な分解能(λ/δλ) 42000
FWHMに相当するピクセル 1.9−2.45
波長域 3906−6811Å
エシェルのオーダー数 67
1オーダー当たりの高さ 3ピクセル

3.TGMETライブラリー

  ELODIEのデータは2種類の形式で公開されている。TGMETライブラリーとFITSフォーマットのデータである。  TGMETライブラリーはASCII形式で、オーダー、波長、強度、の順で3データが並んでいる。圧縮されているものを解凍すれば、そのままグラフ表示ソフトで見ることができて、通常のパソコンベースでは大変使いやすい。210星のデータが採録されている。  強度データは規格化されていないので、透過幅測定やスペクトル合成法を適用しようと思えばその処理が必要である。  

図1.TGMETライブラリー中のデータ例

 4.FITSフォーマットデータ

  TGMETライブラリーはデータ数が限定されている簡易版であるのに対し、FITSフォーマットデータの方はELODIEの本格版というところである。908データ(星数はこれより少ない)が採録されていて、1データは、スペクトル、ノイズなどの4ファイルから成っている。筆者はこれをいったんLINUXに転送してIRAFのrfits で処理した後Windowsへ転送して nijiboshi(京都天体物理研究所の蓮井隆さんが開発された恒星スペクトルデータ処理ソフト。下記を参照のこと: http://www.d1.dion.ne.jp/~yamaneco/) などで処理している。このデータは連続部の規格化(continuum fitting)まで行われているが、一応の処理であり、実際には改めて行う必要がある。その点、nijiboshiは使いやすい。  

図2.FITSフォーマットデータの表示例

5.ELODIEデータの応用

  TGMETはTemperature, Gravity, Metallicityからの造語であることから推察されるように、このライブラリーのデータは "On-line determination of stellar atmospheric parameters Teff, log g, [Fe/H] from ELODIE echelle spectra" (Katz et al. 1998, Soubiran et al. 1998) のために使用された。これはオートプロバンス天文台の仕事であるから当然のこととして、他の研究者もすでにELODIEデータに基づく研究を発表している。その一例が、Mishenina and Kovtyukh (2001) で、ELODIEデータのうちの金属欠乏星90について有効温度等の大気パラメータを導いた後、Mg, Si, Ca, Sr, Y, Ba, La, Ce, Nd, and Eu の定量を行い、sプロセス元素とrプロセス元素の割合を銀河系の化学進化のモデル計算と比較し、どのモデルが良いのかといった議論を展開している。  これから同様の研究が行われるものと思われるが、種々の研究目的に応用できるものと期待される。

参考文献

Baranne A., Queloz D., Mayor M., Adrianzyk G., Knispel G., Kohler D., Lacroix D., Meunier J.-P., Rimbaud G., and Vin A. 1996, A&AS 119, 373
Katz D., Soubiran C., Cayrel R., Adda M., Cautain R. 1998, A&A 338, 151
Mishenina T. V. , Kovtyukh V. V. 2001, A&A 370, 951
Soubiran C.,Katz D.,Cayrel R.1998, A&AS 133, 221
加藤賢一 1994、恒星スペクトル研究会集録、p.12(大阪市立科学館発行)
加藤賢一 1999、第5回天体スペクトル研究会集録、p.33(大阪市立科学館、天体スペクトル研究会実行委員会発行)