加藤賢一データセンター

月刊「うちゅう」 2003年5月号


かがくとくい星って、どんな星?
加藤 賢一、西村 昌能、定金 晃三


1.はじめに
 「かがくとくい星」と聞くとなんだろうとお思いでしょうが、漢字で書けば簡単で、「化学特異星」。つまり、化学的な性質がちょっと変っている星を表しています。化学と言ってもたいそうなことではなく、化学成分、つまり星を作っている元素が平均よりずれている星たちのことを言います。それにも結構たくさんの種類はありますが、ここでは表面温度が1万度前後の中程度の温度の星に限定してお話しようと思います。
 特異とされているのは数が少ないからで、特異星は決してメジャーな存在ではありません。それに、近接連星系のように派手な振る舞いをするでなく、まして彗星や流星のようにマスコミに登場することもなく、ひっそりと暗い宇宙空間に浮かんでいます。天文学者の中でもそれを知っているのはほんの一握りのグループに過ぎませんから、友の会のみなさんには全くなじみの薄い存在だろうと思います。そんな肩身の狭い思いをしている星たちに「光を当てる」のが本稿の目的です。しばらくお付き合いください。

2.宇宙にはなにがある?
 「宇宙は何からできているか?」と聞かれたどう答えますか? 「銀河や星からできている」―立派な答えです。「水素、ヘリウムなどからできている」−これも良い答えですね。近頃は正体不明の暗黒物質や暗黒のエネルギーなどという奇怪なものが宇宙の主役らしいので、これまで含めて「宇宙は何からできているか」と言われると困るのですが、光ー電磁波を放っている通常の天体に限って言えば、「各種の元素からできている」と答えるととても一般的です。宇宙の大半の物質は星になっていて、その星は温度が高いため星を構成する物質は気体状になっています。気体でも分子はほとんどなく、それさえばらばらになった原子の状態で飛び交っているのです。ですから、大雑把には、宇宙は水素、ヘリウム、炭素、酸素、鉄といった元素からできていると言ってよさそうです。
 さあ、ではこのレベルで見た時、宇宙に何がどの程度あるのでしょうか? それを示したのが図1の標準宇宙組成です。縦軸は常用対数表示ですから、1目盛りで10倍違っていることになります。横軸は元素番号なので、元素の周期表の順番と思ってください。水素を1兆個とした場合の比較になっています。ヘリウムが1000億、炭素が3億、鉄が3000万、金が10個というところです。原子番号が増えると徐々に数が減っていきますが、途中は上がったり、下がったり、1個おきにぎざぎざを繰り返しています。大きく見れば、複雑な元素ほど少ないと言えるでしょう。
 ところで、この分布を「標準」宇宙組成と言っていますが、宇宙の果てまで調べてこの図ができたわけでありません。こんなに詳しいデータが出ているのは太陽や隕石を調べたためで、本当は「太陽系」組成と言うべきものなのですが、太陽や太陽系がひどくずれている兆候がないので「標準」と思っているだけのことです。
 まとめると、太陽やその他のほとんどの星や星雲などはこの図1の標準宇宙組成と見なしてよろしいということです。








図1.元素の標準宇宙組成


3.組成比の奇妙な星
 図2にわし座の6等星HR 7575という星の成分を調べた結果を示しました。16種類しか出ていませんが、それでもここまで調べるのはなかなか大変でした。それはさておき、この図の縦軸は標準宇宙組成に対してどの程度ずれがあるかを対数で表しています。HR 7575について3種類の結果が載せてあります。このうち、黒丸が私たちの得た値です。これを見ると、マグネシウムとスカンジウム、ニッケル、ストロンチウム、イットリウムなどは標準ですが、クローム、マンガン、鉄、それにランタンや希土類のセリウム、プラセオディミウム、ユーロピューム、ガドリニウムなどは10倍から1万倍も多くなっています。特に希土類が非常に多く出ています。希少なはずの希土類がこの星では目立っているのです。こうした星が化学特異星というわけです。






図2.HR 7575の主要元素の組成比






図3.CP1およびCP3の例


 このHR 7575は1500ガウス程度の強い磁場を帯びていることが知られています。また、225日周期で0.05等ほど変光しています。この磁場強度は太陽の黒点や白斑に匹敵する強さですから、星全体が黒点のようになっているということなのでしょうか? このように、磁場を帯び、変光し、かつ組成比が異常と揃っているところから磁変星あるいは磁気特異星とも呼ばれています。
 図3をご覧になってください。星のスペクトルを図表化して並べてみました。横軸が波長で、スペクトルで青から紫あたりになります。いずれも表面温度が1万度ほどの星で、一番下のHR 7098は通常のA0型のスペクトルを示し、真ん中はシリウスでスペクトル型に金属を表すmの添え字がついています。一番上のHR 2844は水銀マンガン星という種類の特異星です。シリウスのスペクトル線は鋭く、かつ、たくさん並んでいます。実はシリウスは金属線星と呼ばれる化学特異星なのです。鉄を中心とする金属のスペクトル線がたくさん見えているでしょう? HR 2844のスペクトルには水銀による吸収線が太く出ています。この強度から通常の1万番程度の水銀があることが分ります。
 どうも特異星にはいくつかのタイプがあるようですね。そこで、表1に化学特異星の種類をまとめておきました。なじみのない妙な用語がたくさんですね。
 こんなにたくさんの種類があることがどうして分ったか? それは星を分光観測し、スペクトルをざっと並べてみたら妙なパターンを示す種類が浮かんできて発見されたのでした。このような星のスペクトルについては国立天文台岡山天体物理観測所のホームページに載っていますので、ご覧になってください。また、大阪市立科学館のホームページには友の会会員の小野則子さん、寺崎定臣さん、増井恵子さんのご協力を得て作成された特異星のスペクトルがたくさん収録されていますので、それをご覧いただくのも良いでしょう。アドレスは以下のとおりです。

http://www.cc.nao.ac.jp/oao/STORY/top/top.htm、
http://www.sci-museum.jp/~kato/pub10k1.html。

 小野さん、寺崎さん、増井さんのご協力によって作成されたスペクトル図からさらにいくつかの特異星を紹介しておきましょう。図4をご覧ください。一番下のα Dra は普通のA型星で、真ん中の78 Vir はHR 7575と同じ種類ですがやや温度が高いグループに属しています。ストロンチウムの強い吸収線が見えています。一番上の 21 Per はけい素星という名のとおり、けい素の一階電離イオンの吸収線が2本並んでいるのが特徴です。ストロンチウムやけい素の線はα Dra にはありませんね。
 特異星には固有名のついているものがあります。特に異常性が目立っているものが多いのですが、いくつか紹介しておきましょう。この分野ではわが国の研究者も大きな貢献をしていることがわかりますね。

表1 CP星の分類

種類 表面温度(K) 磁場 自転速度 連星率 化学組成比
Am星(CP1) 7000〜10000 Ca,Sc弱 Fe族強 重元素強
SrCrEu星(CP2) 10000〜12000 He弱 Si強 RE 強
HgMn星(CP3) 10000〜15000 正常 Hg,Mn強
弱He星(CP4) 14000〜21000  不明 He,C弱 P,K強
強He星 21000〜30000 不明 He=H O,N強
λBoo型  9000 不明 正常 不明

He弱 Si,Ca,Mg弱 Fe弱

4.化学特異星の問題
 科学館の4階で紹介していますように宇宙は水素とヘリウムでできていると言ってよいほどで、この2つが全宇宙の95%程度を占めています。残りの5%に約80種類がひしめき合っているわけで、その中の鉄が多いの、ユーロピームが多いのと言ったからとさしたる問題ではない、と言えばその通りで、宇宙全体として成分的に大きな問題とはなりません。それに一部の元素が標準宇宙組成に比べて1万倍あると言っても、実際に特異星にそれだけあると考えているわけではありません。散開星団の中にも見つかっていますから、最初から元素分布に偏りがあったわけではなく、その星に何か原因があってその星にだけ起っている現象と思うべきなのです。特定の元素が浮かんでいるというアイデアがもっともらしいとされています。
 ただ、一つ、大きな問題があります。それは、最初に「特異とされているのは数が少ないから」と書きましたが、実は、結構多くて、スペクトルB型からA型の主系列星領域に20%以上にものぼる化学特異星(CP星)があることです。さらにその30%程度は磁気特異星なのです。これだけの数になれば無視していいとは言えず、進化の過程でB、A型星の10星のうち2つか3つが必ず陥る病気のようなものと考えざるを得なくなります。それは化学成分もそうですが、磁場が異常に強いという現象も説明しなければなりません。特異星は一般に自転速度が遅く、連星系もたくさんです。それに光度やスペクトルも変動し、・・・、いろいろな現象がからみあっているようです。
 たくさんある中のちょっと性質の変った星をご紹介していましたが、いったい、どうなっているんでしょうか? なぞはまだいっぱいです。






図4.CP2の例


表2.固有名のついている代表的な特異星

固有名 他の名称 特  徴
プシブルスキー星 HD 101065 スペクトルに鉄の線がなく、セリウムなど希土類の強い線がたくさんあってM型星のように見えるが、7000度ほどある。強い磁場も観測されている。1978年、12分という極めて短時間で0.01等ほど変光していることが判明し、第1号の超短周期変光特異星(roAp星)となった。
プレストン星 HD 126515 CP2星。磁場強度が太陽黒点の10倍ほどで、不規則に変動。
ウォルフ星 HD 175362 ヘリウムが通常の星の0.1%しか観測されない典型的な弱ヘリウム星。
バブコック星 HD 225441 黒点磁場の20倍も強度の磁場を帯びた最強磁場星。けい素のスペクトル線が強い。
オオサワ星 HD 221568 元東京天文台長大沢清輝が詳細に研究したCP2星。159日の長周期で変光するりょうけん座α2星型磁変星で、スペクトル線が複雑に変動する。

 (かとう けんいち:大阪市立科学館学芸課長、にしむら まさよし:京都府立洛東高校教諭、さだかね こうぞう:大阪教育大学教授)