3.大 気 の パ ラ メ − タ 37
3-1) 表面重力加速度 ………………………………37
3-2) 有効温度 ………………………………………37
3-3) 小規模乱流速度 ………………………………45
3-4) 自転速度と大規模乱流速度 …………………45
3-5) 電離平衡と2つのモデル大気
3-6) まとめ
3.大 気 の パ ラ メ − タ
大気モデルを選ぶためには有効温度や重力加速度などのパラメ−タを特定しなければならない。以下、順にそれらを決めていこう。
3−1)表 面 重 力 加 速 度 log g
プロキオンは連星系であることを利用して質量が 1.78 Mo と求められている上に視直径・距離が測定されている。表1−4のデ−タから半径を求めて表面重力加速度を計算すると log g = 4.06 ± 0.04 となる。半径については Shallis and Blackwell(1980) の赤外線流束測定法では 2.11 ± 0.05Ro、Heintze (1973) は 2.17 Ro であった。こうした測定デ−タの誤差や不定性などを考慮してここでは[cgs 単位系で]
log g = 4.0 ± 0.1
をとっておく。
なお Malagnini et al. (1985) によると測光的に求めた値は 3.59 ということで、ここで採用する幾何学的に求められた値とやや異なっている。測光的に求めた重力加速度については黒田・加藤 (1984) も言及しており、F型星では Kurucz (1979a) モデルから期待される値より 0.5 〜 1.0ほど低くなる傾向が見られるようである。
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図3−1.分光測光の観測とモデル(Kurucz 1980) の比較.縦軸は
5000 A で規格化して等級で表わした。 横軸はミクロン単位
で測った波長λを使って 1/λ を目盛った
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図3−2.Kurucz (1979a, 1980) の二つのモデル流束と観測の比
較.共に (Teff, log g) = (6500, 4.0)
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表3−1.プロキオンの有効温度と重力加速度
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著 者 有効温度 重力加速度
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Danziger (1966) 7000 --
Gray (1967) -- 3.996
Dickens and Penny (1971) 6720 4.0
Gray (1976) 6936 4.43
Code et al. (1976) 6510 ± 130 --
Philip and Egret (1980) 6720 --
Blackwell et al. (1980b) 6421 --
Nissen (1981) 6640 --
Kato and Kuroda (1986) 6470 --
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3−2)有 効 温 度 Teff
最も重要なパラメ−タである有効温度であるが Code et al. (1976) が初めて直接法で 6510 ± 130 K という値を求めた。 これが唯一の直接法によるデ−タである。パッシェン連続部やuvbyなどの測光デ−タから求めたものは 6500 K のあたりでほぼ揃っている。今迄に求められた値を表3−1にまとめておく。
図3−1には Breger(1976) のカタログにのっているパッシェン連続部の流束と Kurucz (1980) の新らしい対流モデル(l/H = 1)から期待される理論的な値との比較を示している。 Teff = 6500 K, log g = 4.0 のモデルでよく合っているのが分る。 図3−2は同じ比較であるが、 Kurucz の 1979年のモデル (l/H = 2) をとった。 もし1979年モデルを採用すると 6500 K では少し温度が高いことになる。 ここでは Bessel (1967) の分光測光観測も参照した。
紫外線流束の分布をTD−1衛星の観測 (Jamar et al. 1976b) からとってモデル流束と比較したのが図3−3である。これからではモデルの適否を判定するのはむずかしい。
次に水素のバルマ−系列の吸収線の輪郭を理論値と比較してみよう。図3−4がその結果である。 最も輪郭がきれいでよく分る Hα線を見るとやはり Teff = 6500 K, log g = 4.0 のモデルで良いようである。HβやHγ線はもう少し高い温度がよいようにも見えるが、観測された線には金属線のブレンドがあってその影響が現れている可能性があって 6500 K 以上を強く主張することはできない。 なおこれらの輪郭の計算は Vidal et al. (1973)の Unified theory を使って行なったもので、その実際の計算には当時東京大学天文学教室に所属していた竹田洋一氏の手をわずらわした。
3色測光のB−Vの値を Buser and Kurucz(1978) の整約法で有効温度に変換してみると 0.40 と 0.43 の二つの観測値に対して 6640 K と 6500 Kとなる。
Hβの測光観測に Schmidt (1979) の整約法を適用すると Teff = 6600 Kが得られた。
4色測光のうち b-y を温度の指標にとって Relyea and Kurucz(1978) システムで有効温度を求めると 6600 K となる。 Moon and Dworetsky (1985)の uvbyβ の整約法を使うと 6570 K, log g = 4.02 という結果である。なおこの計算は Moon (1985) が開発したプログラム UBVYLIST とTEFFLOGG を用いて行なった。
この他に主要5元素(Si, Ca, Ti, Cr, Fe)の電離平衡を調べてみた。それぞれ中性と1階電離の線から元素量を求め、両者からの元素量が等しくなる有効温度を決めた。 6500 K と 7000 K のふたつのモデルをとって計算した元素量(それぞれ太陽に相対的)の結果は表3−2の通りである。第2カラム No は使用した吸収線の本数で第3と第4カラムはそれぞれの温度における元素量(対数値)、最後のふたつのカラムは中性と1階電離の線から求めた元素量の差(対数値)である。 これから 6500 Kと 7000 K の間で電離平衡に達することが分る。各元素についてみると, Feは 6780K, Crは 6830K、Ti は 6880 K、Ca は 6650 K、Si は 6650 K となっている。 平均的な値は 6800 K というところである。これは明らかに測光的に求められた有効温度よりも高い値である。この矛盾については後で検討することにし、もしここで Kurucz の 1979 年モデルを採用すると電離平衡になる温度はそれぞれ約200度ほど上昇し、測光観測から求められた有効温度との矛盾はさらに深まることを注意して終わる。
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図3−3.紫外部のスペクトル.TD−1衛星による観測と Kurucz
(1979a) の二つのモデル (Teff, log g) = (6500, 4.0) と
(7000, 4.0) との比較.2063 A で規格化した.
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図3−4.バルマ−線輪郭の比較.短い縦の線が観測値、実線は
(Teff, log g) = (6500, 4.0) の計算値
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表3−2.主要5元素の電離平衡
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log ε(I)/log ε(II) Δε
Element No 6500 K 7000 K 6500 K 7000 K
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Fe I/Fe II 57/22 -0.113/+0.020 +0.163/+0.048 -0.13 +0.12
Cr I/Cr II 24/17 -0.169/+0.037 +0.136/+0.034 -0.21 +0.10
Ti I/Ti II 12/12 -0.263/-0.074 +0.100/+0.046 -0.19 +0.05
Ca I/Ca II 17/3 -0.050/+0.077 +0.269/-0.083 -0.13 +0.35
Si I/Si II 11/4 -0.041/+0.080 +0.132/-0.180 -0.12 +0.31
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さまざまな方法で求めた値と他の主な研究者の値を図3−5にまとめておいた。 測光デ−タからは 6500 〜 6600 K、電離平衡からは 6750 K 前後であるが、その中間的な温度ということでここでは
Teff = 6650 ± 150 K
を採用したい。
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図3−5.さまざまな方法で求められた有効温度.1−6は測光観測から求
められたもの、次のグル−プは電離平衡から期待される値、a−hは他の研
究の結果である。それぞれ次のとおり
1:可視域の連続部の流束、 2:Balmer 線の輪郭、
3:Hβ指数、 4:B-V 指数、
5:b-y 指数、 6:b-y 指数、
a:Danizger (1966)、 b:Dickens and Penny (1971)、
c:Gray (1976)、 d:Code et al. (1976)、
e:Philip and Egret (1980) f:Blackwell et al. (1980b)、
g:Nissen (1981)、 h:Kato and Kuroda (1986)
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3−3)小 規 模 乱 流 Microturbulent Velocity ξt
小規模乱流は中性と1階電離鉄の吸収線のうちできれいな輪郭を持ち、かつ信頼できる gf 値が分っているうえに等価幅が 20 〜 100 mA の弱いか中程度の強度の線を選び、それらから決められた元素量が等価幅に依らないという条件を課して求めた。選ばれた線は表3−3の通りであり、中性の鉄はMackle et al.(1975b) から、Fe II は Blackwell et al.(1980a) のリストから採った。 Fe I の gf 値は太陽の鉄の量を 7.69(log ε(H)=12 とする)として経験的に決められた太陽 gf 値である。結果は図3−6に示されている。 Fe I からは 2.0 km/s、 Fe II からは 1.8 km/sというところである。 ここでは信頼性が高いと思われる Fe II の方の値を採用し
ξt = 1.8 ± 0.3 km/s
としておく。 この値は Smith (1981) が Ca I から求めた 2.05 ± 0.1 と誤差の範囲内で合っている。Steffen (1985) の値は 2.1 ± 0.3 km/s である。
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図3−6.小規模乱流速度と鉄の元素量の関係.モデル大気は
(Teff, log g) = (6500, 4.0). 太陽 gf 値を使った.
log ε(H) = 12.00 のスケ−ルで元素量を表わした
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表3−3.小規模乱流速度を決めるために使った吸収線
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3−4)自 転 速 度 と 大 規 模 乱 流
自転と大規模乱流(macroturbulence) は観測機器による効果IBと同じようにスペクトル線を広げ、 元々の線スペクトルの情報の質を落す。 これは図2−2に示したのと同じような効果と思ってよい。プロキオンの自転速度V sin i が 6 km/s という値(Uesugi and Fukuda 1981) はF型星の中では小さい方で、 このためプロキオンの吸収線は鋭く、線解析はそれだけ精度よく行なうことができる。
Gray (1976, 1980) はフ−リエ法による解析を行なえば自転・大規模乱流を分離できると言う。彼はプロキオンについて V sin i = 2.8 ± 0.3km/s、大規模乱流速度の分散 ζRT = 7.0 ± 0.1 km/s を得た(Gray 1981a)。
通常のスペクトル合成法では上の3つの効果は同じように出て、分離は不可能である。ここではガウス分布型の大規模乱流的な速度場 exp(-(v/ξ)2)を導入する(Gray 1977)ことにし、一つのパラメ−タ ξ で3つの効果を総合的に表わすものと考えることにした。この速度場と表面流束との合成和を計算したところ、 ξ= 5.0 km/s にとるとプロキオン・アトラスに合うことが分った。
なお Gray (1976) に従って自転効果だけを入れた場合、速度 V sin i を6 km/s にとると計算されたスペクトルは観測された線よりも鋭くなるので自転以外に線を広げる効果があると言えるようだ。
3−5)電離平衡と2つのモデル大気
Kurucz の 1979 年モデルについては§2−4で紹介した通り、 混合距離の比を通常よりやや大きい l/H = 2 としている。 これを1にとって計算したモデルが 1980 年モデル (Kurucz 1980) である。 対流による熱輸送の大きい79年モデルでは温度の傾きは小さく、80年モデルは大きい。その温度構造を図3−7に示す。 大きな違いはないように見える。 また表面流束については図3−1の通りである。
2つのモデルのそれぞれについて Fe I の線から鉄の元素量を求めてみたのが表3−4である。 両者には 0.08 から 0.24 dex の違いがあって、 低励起の線ほど差が大きい。Fe II は 0.02 dex の違いにとどまっている。
図3−8に電離平衡に達する点を示した。79年モデルでは80年モデルより約 200 K ほど高くなっている。
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表3−4.Kurucz の2つのモデルから求めた鉄の元素量の比較
注:1.Kurucz (1979a) と新らしい対流モデル(Kurucz 1980) を
とった
2.モデル・パラメ−タは次の通り:(Teff, log g, ξt) =
(6500 K, 4.0, 2.0 km/s)
3.Fe I の log gf 値は Blackwell and Shallis (1974) から、
Fe II は Blackwell et al. (1980a) からとった
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図3−7.Kurucz (1979a, 1980) の対流の強さが異なる2つの
モデル大気の温度構造.横軸は RHOX
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図3−8.Kurucz (1979a, 1980) の2つのモデルの電離平衡.
Fe I と Fe II で計算した
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3−6)まとめ
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表3−5.モデル・パラメータ
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(3章 終り)
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