なにわの天文・史跡めぐり
写真:間長涯天文観測地の碑
★間長涯天文観測の地碑(西区西大橋)★
地下鉄長堀鶴見緑地線・西大橋駅を上がったところ、長堀通り中央の駐輪場にある石碑。この付近にあった富田屋橋北詰に江戸時代の天文学者・間重富(1756-1816.長涯は号)の屋敷がありました。
間重富は、質屋を営む大坂町人で、麻田剛立に弟子入りして天文暦学を研究しました。彼は特に観測機器の考案・改良に優れた才能を発揮し、垂揺球儀(天文用振子時計)、や測食定分儀(日月食の食分測定器)をはじめとした機器を制作しました。また豊富な財力をバックに、当時最新の天文学書「暦象考成後編」を入手したり、精密な観測機器の製作・改良につとめるなど、麻田門下のスポンサー格の役割も果たしていたようです。
1795(寛政7)年3月、同門の高橋至時とともに改暦御用で幕府に召されて江戸に出て、寛政の改暦事業に従事、寛政暦(1798年施行)を作成しました。
改暦後、大阪に戻り幕府御用の天文観測を続けました。屋敷には最新の天文台を設け、間家は幕末まで4代にわたり幕府天文方御用で天文観測を行なっています。
この石碑から西へ少し行ったところ、西長堀にある大阪市立中央図書館には、間家伝来の天文関係資料が所蔵されています。