迎え角

 紙ブーメランの表を上に向けホバリングするように回転させると、上昇することはないが、回転を掛けないときに比べれば滞空時間は長い。このことから、回転させれば揚力が生じるが、単に回転させるだけでは重力より小さな揚力しか生じていないことが分かる。旋回運動するブーメランの向心力は、羽根に生じる揚力であると前稿で書いたが、果たして十分なのかという疑問が生じるかもしれない。

 ブーメランをフリスビーのように水平に投げてみよう。あるいは写真のようにサイドスローしてもよい。ブーメランはずっと水平に飛ぶのではなく、上昇する。しかも水平姿勢を保って上昇するのではなく、前方が上に持ち上がり、角度を付けて上昇するのである。これは何を意味するのであろうか?

 回転を掛け、水平に投げ出されたブーメランを上から見よう。ブーメランの羽根は時計と反対向きに回転しているとする。つまり、角運動量の向きは上である(向きは右ネジで定義)。重心の進む向きを前としよう。右側にある羽根は重心の進む向きと動方向、左側にある羽根は逆方向に回転しているから、したがって、羽根に働く揚力は右側の方が大きくなり、力のモーメントが発生する。この力のモーメントは後ろ向きだから、最初上を向いていたブーメランの角運動量の向きを後ろに向かせる。

 このため、ブーメランは進行方向側が上に持ち上げられる。すると各羽根の向かえ角が大きくなり、揚力係数が大きくなったの同じ効果が生じる。そのためブーメランは上昇し、さらに進行方向が持ち上げられとブーメランの姿勢は変化していく。投げ出す速さ、回転にも依るが、上昇したブーメランは反転し、並進運動エネルギーを位置エネルギーに変え、裏面を上にしてホバリング運動しながら降りて来る。あるいは、反転できずに立った姿勢でストンと落ちて来ることもある。

 いずれにしろ、ホバリング(その場で回転だけしている、あるいは回転し重力だけでゆっくり落下している)状態にはないブーメラン、すなわち十分回転し、重心が並進運動(あるいは旋回運動)をしているブーメランは、ブーメランの回転運動の角運動量は並進方向と直角の向きを持ち、その向きを歳差運動のため次第に並進方向と反対向きに変化させて行く。この変化の方向は迎え角を大きくするような効果がある。

 ここで、最初の疑問に答えることができる。ホバリングするのさえ十分な揚力を発生させることができないブーメランがどうしてその揚力で旋回運動できるのかと。

 並進運動をすることにより、ブーメランには迎え角が生じ、ホバリングしている時より大きな揚力が発生するから、が答えとなる。

 この迎え角を大きくするような効果は、進行方向に対して左右の(立て投げにしたとき、すなわちブーメランが立った姿勢では上下)に位置する羽根に生じる揚力の大きさの差によって発生した力のモーメントによって引き起こされた歳差運動によって生じた。

 歳差運動にはもうひとつある。進行方向側とその反対側に位置する羽根の揚力差に起因する歳差である。それについては別稿で論じる。