ふぐ毒
 私が釣りを初めてしたのは、確か小学校3年生のとき。親に連れられて、海に行きました。釣り糸をたれて待つことしばし。初めての引きがきました。「おおっ、これはでかい!!きっと大きな魚に違いない!」と思い、懸命に糸を巻き上げました。つりあがった最初の魚は…、体長5cmの小さなふぐ。釣り上げたふぐは、プーッと膨らんでこちらをにらんでいました。なぜか、ちょっと悲しくなったのを覚えています。今回は、ふぐのもつ毒につてのお話です。


おいしいものには、毒がある
 いまでこそ、年中が食べられるふぐですが、ふぐがおいしいと言われる季節は秋の彼岸から、春の彼岸まで。つまり寒い時期です。冬場になると忘年会や、新年会で口にする可能性もあります。しかし、ふぐを丸々1匹買って家で調理はできませんね。それは、ふぐが持つ毒のせい。肝臓、腸、卵巣、精巣などに強烈な毒がある上、ふぐによって毒がある場所も違うため、免許を持った人しかふぐを調理できません。 ふぐの毒は、テトロドトキシンといってかなり強力な毒です。どのくらい強いのか、参考までにいくつかの毒性物質と比較してみましょう。


表.毒の強さ
  毒の種類         LD50(mg/kg)     毒の起源
 ボツリヌス菌毒素D    3.2×10−7       細菌毒
 ダイオキシン        0.6×10−3
 テトロドトキシン       1×10−2       ふぐ毒
 亜ヒ酸              2
 青酸ガス             3
 青酸カリ             10



 LD50の意味は、うちゅう99年6月号でも述べましたが、ここで軽くおさらいしましょう。LD50とは、薬をラットやマウスに与えたときに、どのくらいの量で試験されている動物の半分が死んでしまうかを示すものです。急性毒性を知るのに役立つ数字で、数字が小さいほど強い毒性を持つことになります。

どんな毒
 テトロドトキシンは、体重1kgあたり0.01mgあれば半数致死量になるので、大人でも1mgもあれば非常に危険なことになります。 どこで悪さをする? さて、ふぐ毒は、どこにどうして働いて、人間に悪さをするのでしょうか?実は、テトロドトキシンは、神経細胞に取り付いて神経伝達をマヒさせてしまうのです。もう少し詳しくお話しますと、人間の神経細胞の周りにはナトリウムイオン(以下Na+)が多く、細胞内はカリウムイオン(以下K+)が多くなっています。そして神経の内外をNa+やK+が行き来することで、神経伝達が行われるのです。
             図.テトロドトキシンの構造

 テトロドトキシンは、Na+が細胞の内外を行き来するNa+チャンネルと呼ばれる通路をふさいでしまい、神経細胞の中にNa+が入らなくなるのです。すると、このせいで自律神経の伝達ができなくなり、舌や唇のしびれに始まり、血圧降下、呼吸困難になり死んでしまうのです。先ほど述べたとおり、本当に少しの量で死んでしまうことになるので注意しなければなりません。では、これだけ強力な毒を持ちながら、なぜふぐはテトロドトキシンに当たって死なないのでしょうか。それは、ふぐのNa+チャンネルが人間のそれとは違い、テトロドトキシンが結合しにくいためだそうです。つまり、Na+チャンネルがふさがれにくい性質をもっているので、ふぐは自分の毒にあたらないのです。

 それから、ふぐの体内で発見されたこの毒は、当初ふぐ自身が作っているのだろうと考えられていました。しかし、毒の量の個体差が大きかったり、養殖されたふぐには毒がないことがわかりました。なぜ、天然のふぐには毒があり、養殖されたふぐには毒がないのか。研究が続けられた結果、実はふぐの食べるえさに原因があることがわかりました。つまり、ふぐが食べたえさについている、ある種の細菌がテトロドトキシンをつくるのです。現在十数種類ほどの細菌が知られているそうですが、必ずしも海中にすむ細菌だけではなく、陸上にもこの毒を作る細菌が発見されています。

 縄文時代の遺跡や貝塚などからふぐの骨が見つかっています。ということは、そんな昔から日本人はふぐを食べていたのでしょう。そして、たくさんのチャレンジャーのおかげで、私たちは、毒に当たらずにふぐを食べられるようになったのでしょうね。


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