トルエン
とある日の学芸課での会話。
S主任「展示についている、シールのべチャッとしたのりをとりたいんやけど。 トルエンでとってくれへん?」
アルバイトB君「トルエンは、どこにあるんですか?」
執筆者O「展示製作室にあるからそれを使って。一緒にとりに行こうか。」
執筆者Oは、アルバイトB君とともにトルエンを求めて展示製作室に向かいました。でも、その欲しいトルエンは一斗缶の中。

トルエンの一斗缶
トルエンの入った缶。ここから小瓶への
移し替えで、そそうしてしまいました。

缶から小さなビンに移し替えるとき、あろう事か執筆者Oは、このトルエンをこぼしてしまったのです。立ち込める臭気の中、アルバイトB君はウワッ、ウワッと嫌がっておりました。 今回は、このトルエンについてのお話です。


トルエンの芳香…

トルエン構造式
 トルエンはベンゼン環にメチル基がついた簡単な形の分子で、無色透明の液体です。沸点が110℃で可燃性の物質で、芳香を有して…。この「芳香」ですが本当に芳香でしょうか。「におい」という感覚ですから、人によってかなり違いがあると思います。私などは最初トルエンの「におい」をかぐと甘ったるい感じがするのですが、すぐに鼻がヒリヒリして、トルエンの分子が直接脳を刺激しているのかという強烈な臭いに変わります。

 一部の人には、このトルエンの「におい」が心地よい匂い=芳香と感じるのでしょう。トルエンの気体を吸いだすということになります。匂いが良いだけならいいのですが、トルエンは体に悪いというのはご存知でしょう。世間でよく言われるのが頭が悪くなるぞというものです。トルエンが体の中に入る経路は2つあり、一つは揮発しやすいためガスを吸う形態、そしてもう一つは、皮膚から直接吸収されてしまうというものです。

 トルエンが体に入ると呼吸器官を刺激し、中枢神経の働きを抑制しはじめます。すると、頭痛、めまい、意識喪失、けいれんなどの症状にはじまり、倦怠感、脱力感、眠気、手足が自分の意思どおりに動かない協同運動失調とよばれる症状が出てきます。皮膚の場合は、これら症状のほかに皮膚の油脂を取り去ってしまい、皮膚炎を起こすのです。 歩行や手の動きなどといったものは小脳に関係するのですが、トルエンによって小脳が萎縮していくためこんな症状が出ます。「脳がとける」というのは、このことを指すのでしょうね。
 これを知ってか、知らずか、無謀な人たちがトルエンを買って、吸入したりします。栄養ドリンクのビン一本で数千円で売買されているとか…。現実逃避や"トリップ"したいがために手を出すのでしょうが、確実に体にダメージが残ります。

ここまでの話とは全然関係ないのですが、このトルエン、発泡スチロールを溶かします。それは、発泡スチロールの原料がトルエンの分子の形に似たスチレンというものでできているからです。リモネンが、発泡スチロールを溶かすのとよく似ています。2001.1月号のうちゅう「化学のこばなし」のようですが、トルエンで発泡スチロールを溶かしてみました。 「脳がとける」というのとは違いますが、これを見たら、少しは有機溶剤をいたずらするのを踏みとどまるでしょうか…。
長さ10cmの発泡スチロール    見る見るうちに 融けました(約10分)


シックハウス
新築の家やリフォームした家に住み始めると、シックハウスの症状に悩まされるという話を良く聞きます。原因には、アセトアルデヒド、ホルムアルデヒド、キシレンなどが上げられますが、原因の一つにトルエンもあげられています。なぜならトルエンは、油性ラッカー、壁紙、接着剤、木材防腐剤などに使われているためです。これらに使われているトルエンが徐々に揮発すると、最近の家は気密性もよいため、空気中のトルエン濃度が高くなります。そして、先に述べた症状が現れます。トルエンなどの溶剤を含まないもので作られる家も増えてきましたが、まだまだ問題になることは多いですね。

参考までに記しておくと、労働安全衛生法では、作業環境のトルエンの濃度を50ppm以下になるように指導しています。また、厚生労働省が発表した、人が生涯トルエンの含まれる空気中ですごしても影響がないと考えられるのは、0.07ppmといわれています。日曜大工などでペンキを使う方もいらっしゃるでしょう。トルエンをはじめとする有機溶剤を含むものを使用する場合は、換気に十分注意してください。


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