2002のノーベル賞
2000年、2001年と日本人が受賞したノーベル化学賞。何とナント、今年も、日本人が受賞となりました。ご存知のように田中耕一さん(島津製作所)が「生体高分子の分析法の開発」で受賞することになりました。どこかで、このことは解説することにして、今回はこのノーベル賞にまつわる薬についてのお話です。

ノーベル賞
ノーベル賞が設立されるきっかけとなったのは、あまりにも有名ですね。皆さんご存知と思いますが、

A.ノーベル ノーベル財団HPより

軽くおさらいを。1833年スウェーデン・ストックホルムで生まれたアルフレッド・ノーベルは、フランスやアメリカで勉強を重ね、祖国に帰り産業発展のために爆薬を作ることに心血を注ぎました。そして、不幸な事故も経ながらもダイナマイトを発明、その後莫大な富を手にし、遺言でノーベル賞の設立を言い残しました。 当時の爆薬は、黒色火薬が主で、ノーベルは、それよりも安全で強力な爆薬を作り、世間の役に立てればという思いで研究をしたのです。では、ダイナマイトを作るために重要なニトログリセリンとはどういった性質を持つのでしょうか。

ニトログリセリン
 ニトログリセリンは、意外と簡単に作れる薬品です。安全に作るためにはコツがいりますが、簡単に言えばグリセリン、硝酸、硫酸を反応させるとできます。もちろん出来あがりの物質は、ちょっとしたショックで爆発する代物ですから、そう気安く作れたものではありません。いい子は作ったりしないように! 原料のグリセリンは甘みを持つ物質で、スーパーでも手に入る薬ですね。食品添加物や化粧品にも欠かせない物質です。それが爆薬の元になるというのも化学の妙味でしょうか。

  では、ニトログリセリンの発見者は誰でしょう?ダイナマイトを発明したノーベルと混同されることもありますが、実は別の人なのです。ニトログリセリンは、イタリアの化学者アスカニーオ・ソブレロが1846年に発見しました。彼は、ニトログリセリンをなめたところ、とても甘くかすかな香りがあることに気づきました。しかし、その後に激しい頭痛…。さらに、あまりの爆発力のすさまじさにこんなものは使えないと思ったそうです。しかし世界にはいろいろな人がいますね。この爆発力に目をつけ製品化に成功し、富を気づいたのがノーベルです。

  科学館展示場にあるダイナマイト(模型)


ニトログリセリン、もうひとつの顔
そしてニトログリセリンの頭痛作用からある病気の治療薬へと使われることにもなりました。きっかけは、発見者のソブレロが頭痛を引き起こす薬品だということを報告したことによります。アメリカの医師へリングがやはり自身でニトログリセリンをなめて、頭痛を引き起こすことを確認し、さらに、血管拡張作用を持つことも発見しました。そして、そこから心臓病のひとつ、狭心症に対する治療薬として使われることになったのです。そのため、現在では、口の中で溶かす錠剤や、スプレー、軟膏、シールといった形で使われています。効き目は早く1〜2分でも症状が改善されるそうです。ニトログリセリンが効かなければ、その痛みは別の心臓病の痛みだといわれています。 ニトログリセリンは体内に取り込まれるとNO(一酸化窒素)を放出しますが、これがどういった機構で血管を拡張するのか、つい最近までその理屈がわかっていませんでした。以前から、NOの体内における反応機構が解明されたらノーベル賞ものだといわれていましたが、この機構を発見したファーチゴットら3名が1998年のノーベル医学賞を受賞しています。

 ノーベルは、晩年心臓病を患い、治療薬としてのニトログリセリンの世話になりました。ニトログリセリンを扱う作業者が頭痛に悩まされていたことは知っていたそうですが、なぜ、頭痛が起こるのかということには注意を向けなかったノーベル。ニトログリセリンを安全な爆薬として変身させた彼が、どのような思いでその薬を飲んでいたのか、ちょっと聞いて見たい気がします。

(2002年10月記)



薬と毒トップ