前回の話では、身近にあってよく使う洗浄剤の効能と毒性について説明させていただきましたが、今回も身近にある薬についての話をいたしましょう。
酢+お酒=バナナの香り?
実際に酢に、お酒を混ぜてもバナナのにおいがするわけではありません。これはある化学反応の大切を部分を身近なものでおきかえたものです。バナナの香りというと、なかなか甘いよいにおいがしますが、どんどん熟してくると結構鼻に強く突くにおいがしてきます。プラモデルなどを作ったことがある方はすぐ思い出せると思うのですが、ある接着剤のにおいです。
このにおいのもとは酢酸エチルと呼ばれる物質で、この酢酸エチルを実験室で作るときには、酢酸(酢)と、エチルアルコール(お酒)と触媒を入れて作り出します。実験前は、酢酸の強烈な臭いが鼻を突きますが、反応後は、例のにおいがするようになります。
触媒(硫酸など)
CH3COOH + C2H5OH → CH3COOC2H5 + H2O
酢酸 エチルアルコール 酢酸エチル
ちなみに私の妻が最近作っていた糠漬けにも、この酢酸エチルのにおいがしていました。もしかして、接着剤をこっそりまぜているのか?と勘ぐりたくなるほど、においがしたのです。でも、調べてみると、糠中の塩分が少ないときは酢が多く作られるようになり、それがアルコールと反応して酢酸エチルを作り出すことが分かったのです。そう言えば、塩味はかなり薄かったような気が…。
このように、酸とアルコールが合成してできるものを総称してエステルといい、割合良いにおいのするものが多いようです(表参照)。
さて、前置きが長くなってしまいました。本題に入りましょう。
表.エステルの名前ととそのにおい
エステル名 |
におい |
エステル名 |
におい |
作戦エチル |
バナナ、パイン |
酢酸ベンジル |
ジャスミン |
酢酸nアミル |
りんご |
ヘプタン酸エチル |
イチゴ |
柳は痛み止め?
「頭が痛いなあ」とか「熱が出てしんどい」というときは身体が休めという信号を出しているのですからゆっくり横になって休んだ方がいいのでしょうが、現代人はなかなかそうもいかないようです。そんな時にバ○ァリンとかノー○ンといった薬を飲む人もいますよね。今でこそいろいろな薬が販売されていて助かる事も多いのですが、こういった鎮痛剤でアスピリンという名前を聞いたことはないでしょうか。これは、バイエル社が販売している鎮痛・解熱剤の名称です。
化学物質名としてはアセチルサリチル酸が有効成分になっており、ベンゼン環とカルボン酸から作られている薬です。一種の酢の仲間といってもいいでしょう。
この鎮痛剤として使われているアスピリンは、柳と関係しています。古代ギリシア時代、医学の父といわれるヒポクラテスが病人の痛みや熱を抑えるために柳の樹脂を使ったという話があります。また、18世紀のはじめE.ストンというイギリス人がマラリアの高熱に苦しむ人を救うために柳の樹皮を煎じて飲ませたりしたそうです。後に柳の持つこのような作用はサリチル酸と呼ばれる成分による事が分かりましたが、サリチル酸にはひどい苦みや胃に潰瘍を作るなどの副作用があったのです。
しかし、1897年、現在もアスピリンを製造しているバイエル社の研究員ホフマンが、サリチル酸に酢酸を結合させてアセチルサリチル酸を合成すると、これがほとんど副作用のない事などからバイエル社は、アスピリンという薬として販売することにしました。その後、鎮痛剤といえばアスピリンと言うほど世界中に広まりました。
どのようにして柳を使うと痛みが弱まるということを見つけたのか分かりませんが、ヒポクラテスの治療というのはさぞかし喜ばれたのでしょうね。
サリチル酸+酢酸→アセチルサリチル酸(アスピリン) さて、アセチルサリチル酸は、もとのサリチル酸に戻す事も可能です。もとへ戻すには、アセチルサリチル酸に、NaOHとHClを反応させることでできるのです。
そして、そのサリチル酸にメタノールを反応させるとカルボン酸とメタノールによってエステル化されサリチル酸メチルという薬ができます。名前だけでは何の薬かさっぱり分からないかもしれませんが、これは、湿布薬になるのです。においも、湿布薬のツンと鼻を突くにおいといえば皆さんお分かりになるのではないでしょうか。エステル化することでこのように、においのするものがよく合成されます。このサリチル酸メチルが主に湿布の有効成分で、筋肉の痛みなどを抑えてくれるのです。
アセチルサリチル酸+NaOH、HCl→サリチル酸 サリチル酸+メタノール→サリチル酸メチル(エステル化)
柳の成分であるサリチル酸をエステル化すると、湿布薬に、また、酢酸をつける(アセチル化)と鎮痛剤になる。一つの成分から違った薬を作り出す事ができるというのも化学の面白いところです。
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