「台風はなぜ左巻き?」と地学教科書

高校地学教科書に台風や低気圧に関する記述があるが、これが多くの方々に誤読されているようである。理科教育に携わる方々も例外ではない。そのため、私が書いた記事 「台風はなぜ左巻き?」( 月刊うちゅう 2002 Vol.18 No.10)は正当な評価を得ていない。そこで、機を逸した感はあるが、不当な評にこの場で反論することとし、正しい理解の普及に微力ながら貢献したいと思う。

「台風はなぜ左巻き?」 を書いてから、理科教育に携わる方々何人かと左巻起源について議論をしたが、ほとんどの方々が地学教科書を誤読していて、その間違った解釈が信念化していた。そのため、彼らは論理破綻した妙な主張を繰り返し、翻意するのは非常に困難であった。 「台風はなぜ左巻き?」は教科書に載っていない説明を与えるため、さらに、受け入れがたいものとなったようである。この地学教科書の誤読誤用の例は月刊うちゅうの編集後記に端的に見ることができる。以下がそれである。

いっしのひとりごと(3):「台風はなぜ左巻き?」に物申す
今月号の12-13ページに「台風はなぜ左巻き?」という記事が載っています。 お読みになりましたでしょうか?実は私には???です。前半「コリオリ力 で渦」は「標準的な説明」と書いてありますが、教科書に書いてある説明と は違いますし、実際の台風(低気圧)の風は中心に向かって吹き込むのではな く、等圧線に沿って流れています(地衡風)。斎藤さんの説はこのことと合 わないような気がします。記事をお読みになった方、ご感想・ご意見を募集 しています。よろしくお願いいたします。

編集後記では「台風はなぜ左巻き?」の矛盾として2点が指摘されているが、これらの指摘は両方とも誤りである。
1.教科書の記述と異なること
編集後記の「教科書」とは高校地学のもののようだが、編集者だけでなく、多くの方が誤読している。高校地学教科書には台風が左巻きになる理由は説明されていない(私が調べた限りではあるが、)。左巻きとなった台風の現象を力の釣り合いで説明しているだけで、これを左巻きの理由と誤読されるようである。この説明では右巻きは否定されないのである。私が標準的な説明と記したのは、大学初学年で学ぶ力学のことである。
2.地衡風
「実際の台風(低気圧)の風は中心に向かって吹き込むのではな く、等圧線に沿って流れています(地衡風)」も誤りである。これはあくまでも、気圧勾配から力の釣り合いを使って速度分布を求めるときの近似的扱いであって、実際には等圧線を横切っているのである。等圧線を横切って中心へ移動するからこそ、角運動量保存が効いて強風となるのである。

このように編集者は地学教科書の誤解誤用に基づいた考察をしたのであるから、「このことと合わないような気がします。」というのは、きわめて自然な事である。

「台風はなぜ左巻き?」のエッセンスは標準的な説明を慣性系へ座標変換しただけのものである。その結果次の事が明らかになる。コリオリ力だけでなく、初期条件として、気塊が回転系では静止、慣性系では地球ともに回転していることが左巻起源の本質である。また、回転系のコリオリ力は慣性系の角運動量の保存に対応するのである。初期条件が重要な事はほとんど知られていないので、理科教育上意義深い記事でもある。

詳説は当館研究報告や教育誌などに発表することとするが、これに関する議論は 科学談話室の「台風の雲 ] 「高気圧の地衡風」 「台風が左回りである理由」 にあるので、閲覧いただきたい。1年を超える膨大なものであるが、これを読了していただければ、 「台風はなぜ左巻き?」の正当性と地学教科書の誤解誤用とその信念化の意味は理解頂けると思う。

参考までに、力学の教科書に記載されている「コリオリで渦」に関する記述を3件引用しておく。

1.和田純夫 力学のききどころ 岩波 138ページ
「・・・・風の渦巻く方向を決めているのが、まさにこの効果である(図3:コリオリ力の 図)。・・・・この座標の回転がコリオリ力を引き起こし、低気圧の中心に引き込まれる風の回転方 向を決めているのである。」
2.ゴールドスタイン 古典力学上 吉岡 235ページ
「コリオリ力がないとすれば風の方向は理想的には・・・・等圧線に垂直である。しかしながらコリ オリ力は図に示されているように風をこの方向に向かって右向きに偏らせる。右への偏りは風のベク トルが等圧線が平行になるまで続き・・・」
3.阿部龍蔵 力学・解析力学 岩波 123ページ
「北半球で考えると、コリオリ力は・・・進行方向を右側に曲げるような効果をもつ。このため台風 の目に流れ込む空気(風)は右の方に曲がり、・・・・・結果的に風は目を中心として反時計回りに 吹くことになる。」