新展示装置「磁石のテーブル」について

斎藤吉彦

大阪市立科学館

 

概要

 カーアクセサリー用の方位磁石を約1000個を使用することで、磁力線および磁区の観察が簡単にできる展示装置を製作した。

図1.展示装置「磁石のテーブル」。方位磁石1000個が形成する磁区を観察できる。

 

1. はじめに

学校教育では鉄−磁石間の相互作用は鉄の属性として教えられ、そのミクロな構造について触れられることはない。しかし、最近、磁気モーメントの大きな方位磁石集団が磁区構造を現すことが明らかになった。1、2そこで、方位磁石を1000個使用し、来観者が簡単に磁区を観察できる展示装置「磁石のテーブル」を製作した。これは、磁力線も簡単に観察できるものである。場、磁区、および自発的対称性の破れは現代物理学において重要な概念3、4であるのにもかかわらず、これまで初学者が学習するのは困難であった。ところが、本展示装置によって、それらを生の現象として視覚的に学べるようになった。以下にこの展示装置の構造と観察できる現象を紹介する。

 

2.展示装置の構造

構造は極めて単純で、カーアクセサリー用の方位磁石をターンテーブルに約1000個敷き詰めたものである。

@方位磁石

使用する方位磁石は球形(30mmφ)のプラスチック容器の中でフェライト磁石の付いた矢印がオイルに浮いて水平方向に回転するもので、表面最大磁束密度が1.5mTのものである。フェライト磁石は形状は8×6×3mmで、磁極は8×3mm面、表面磁束密度は約50mTである。

 

図2.展示装置に使用する方位磁石

 

図3.方位磁石集団がつくる磁区。この磁区には次のような特徴がある。(1)地磁気の影響をほとんど受けない、(2)磁区内のコンパスは結晶軸方向を指す、(3)磁壁は結晶面と一致する、(4)境界面にある磁気コンパスはその面方向を指して揃う。

 

Aターンテーブル

方位磁石を敷き詰めるテーブルで、強化ガラスでカバーをしたもの。自由に回転させることで磁区が地磁気の影響を受けないことを確認できる。また、棒磁石を取り付けて磁力線を観察できる。製作図面を本編の最後に添付する。

 

2.方位磁石による磁区

 図3がこの展示装置で直接観察できる磁区である。この磁区は次のような特徴をもっている。

(1)地磁気の影響をほとんど受けない。

(2)磁区内のコンパスは結晶軸方向を指す。

(3)磁壁は結晶面と一致する。

(4)境界面にある磁気コンパスはその面方向を指して揃う。

(1)の安定性は格子欠陥が適度に含まれているからと考られる。欠陥のないように三角格子点上にならべた場合は地磁気の影響を受けることがある。(2)(3)(4)は図3が示す通りである。(4)は表面エネルギーを小さくするための現象で、強磁性体のように磁区が生じる必要条件と考えられる。

図4はキューリ温度に対応するもので、磁石で磁区を乱した不安定な状態から、数秒で磁区が形成される。

 

3.磁力線観察

図5はアルニコ磁石から出る磁力線である。このように磁力線の相互作用も簡単に観察できる。

 

4.まとめ

今回製作した展示装置は以下のことに有効なものと考える。

(1)砂鉄による磁力線観察は手間がかかり、さまざまな磁力線相互作用の観察などは困難である。本展示はそのような困難はなく、磁石をテーブルの上に置くだけで観察できる。場の概念を学習するのに有効である。

(2)学校教育では鉄磁石間の相互作用は鉄の属性として教えられる。そのため、市民は鉄のミクロ構造に疑問すら持たない、あるいはそれに疑問を持つこと自体が愚問とされてしまっている。しかし、本展示を教材として使用すれば、市民に強磁性体のミクロ構造をイメージさせるのは可能である。じっさい、筆者は科学館展示場でそれを実践している。

(3)素粒子論や宇宙論など現代物理学における基礎概念、「自発的対称性の破れ」3,4の学習において、実例として利用できる。すなわち、三角格子上の磁区であるから、系は2π/3回転不変の対称性を持っている。安定状態である磁区はこの対称性が破れた状態である。

以上のように、本展示装置は、場の概念、磁区、自発的対称性の破れ、という初学者には困難であった概念を理解可能にするものである。特に、実の物理現象として磁区観察ができ、自発的対称性の破れの実例であるので、物理教育上きわめて有効な教材と考える。これが現代物理普及の一助になれば幸いである。

 

図4.磁石で磁区を乱した不安定な状態(上)から、数秒で磁区が形成される(図下)。

 

 

図5.磁力線観察

謝辞

  保江邦夫教授には方位磁石の集団の磁区形成現象発見当時から「世紀の大発見」と常に励まして頂きました。この励ましがなかったら、本展示の完成はなかったと思います。保江教授に厚く御礼申し上げます。また、方位磁石の入手に関しては潟Gス・ジー・エスの渋谷勝氏に便宜をはかって頂きました。ターンテーブルは、彩美術工房の松井俊二氏に考案いただきました。両氏に謝意を表します。

本展示装置開発の一部は平成13年度科学研究費補助金(奨励B)課題番号:13914023の成果によるものです。

 

文献

1. Y.Soito and K.Yasue: Frontier Perspectives, Vol.10,No.1(2001)28

2. Y.saito and K.Yasue:大阪市立科学館研究報告 11,15-19(2001)

3. 武田暁:「場の理論」裳華房

H.Umezawa :「場の量子論 ミクロ、マクロ、そして熱物理学の最前線」培風館