大阪市立科学館研究報告 2003
海外研修報告1
―南欧博物館についてー
斎藤吉彦
大阪市立科学館
概要
大阪市の海外学芸員研修制度により、ドイツ、イタリア、ギリシャの博物館の展示場を視察した。各館では、それぞれ固有の条件に応じて、資料を見せる工夫がなされている。しかし、基本的な活動は資料の収集・保管・展示である。博物館を成り立たせるのは、この基本的な活動で得られた豊富なコレクションである。しかし、わが国ではコレクションよりも、資料を見せる工夫が強調されるようである。
1. はじめに
当館は平成元年開館以来、第1次展示改装事業(平成6年度完)と第2次展示改装事業(平成11年度完)を重ね、映像・パネル主体の展示場から実物展示を含む参加型主体の展示場へと改変され、各方面から好評を得ている。楽しい展示場をさらに発展させ、来館者を知的興奮へ導くことが次期展示改装の目標である。一方で、参加型展示は人気があるものの、消耗品であり、老朽化を避けることができない。近年、老朽化した展示の故障が頻発し、対応策に苦慮しているところである。そこで、老朽化しない静展示の可能性を探ることは、今後の展示場構想に向けて、非常に重要なことである。
今回の海外研修では、静展示の可能性を南欧博物館の実態から学ぶことを課題の一つとした。
いずれの博物館も実物資料の展示が中心であり、その意義を伝えるべく、各館はそれぞれの工夫をしている。以下に各館の実態を報告し、各館の姿勢から学ぶべきことを結論として報告する。
2. 南欧博物館の展示場
ドイツ博物館(ミュンヘン)
基礎データ
・ 展示場面積:47,000平米
・ 展示エリア:55テーマを各ゾーンで扱う
・ 展示ガイド、デモンストレーション:33種、約60回/日
・ 予算:30,000,000E(約40億円)/年(内、収益30%)
・ 入場者数:150万人/年
・ 入館料:大人7.5E
・ 職員:500人(常勤350、非常勤50、ボランティア100(2日/週・人))
・ ラベルなど:古いものはドイツ語のみ、徐々に英語表記を増やしている様子
・ 来館者層:子どもは少なく、高校生以上がほとんどの様子
図1. 水力発電のタービン 中庭
図2.スクリュー 表玄関
膨大な展示コーナと展示品があるので、どこかに来館者の好みに合った展示がある。我々の科学館では難しいと批判されるものが殆どかもしれないが、来館者の好みに合った展示がどこかにあるので、それでもよいかもしれない。どこの展示コーナーでも来館者は展示に見入っている、そしてそれなりに考えているように思われる。展示ガイドやデモンストレーションなども数多く実施され、見せる努力が感じられる。しかし、この見せる努力はドイツ博物館の本質ではなく、本物を収集保管展示することが本質である。膨大な大型展示資料があるからこそ、これらの見せる努力が活きるのである。
図3.発電機の一部
図4.蒸気機関
図5.飛行機の実物展示
図6.ジェットエンジン
・ 放電実験ショー
大掛かりな装置で、非常に大きな現象を見せる。話術などのテクニックは不要で、現象の大きさに、多くの聴衆から歓声・拍手がわく。見学者は子供より、ほとんどが高校生以上。
図7.放電の実演
図8.放電実験に集まる見学者.ほとんどが高校生以上
・ 製鉄・鍛冶場
導入部の実物資料を用いた産業革命時ジオラマは、ほとんどの人が素通りである。しかし、その後の延延と続く鉄の歴史・応用はだれの心の底にも、鉄文化の歴史を印象付ける。
図9.産業革命時の製鉄
図10.産業革命時の鍛冶場
図11.鋳込みの実演
・ 薬学(PHARMACY)
遺伝子などを扱った最近オープンしたコーナ。見せる本物がなく、装飾ばかりにこっているようである。巨大博物館にも、本物からマルチメディアへというような流れが、あるのかもしれない。ロンドンの自然史博物館でも同様のことを感じたことがある。
古代彫刻美術館(ミュンヘン)
・ ルートヴイヒ1世が収集した古代ギリシャ、ローマの彫刻を豊富に展示
・ 美術系と思われる学生が多く、見学者でにぎわっている。昼食時館内のカフェは満席
古代美術博物館(ミュンヘン)
・ 古代ギリシャからローマ時代にかけて焼き物、金装飾品、などが並ぶ。大きな館ではないが、資料が豊富。
・ 小中高校の団体あり。ガイドツアーのようなものがあり、十数人が参加。
・ ラベルはすべてドイツ語で英語表記はなし。英語のガイドブックあり。
レジデンツ博物館(ミュンヘン)
・
14世紀末の宮殿内部に歴代王にまつわるものを展示。広大な展示場と膨大な資料。王家のとんでもない贅沢な生活を感じさせる。
ナポリ国立考古博物館(ナポリ)
・ 古代ローマ時代の彫刻とポンペイ出土物が主な展示
図12.銀の食器 ポンペイ出土
図13.青銅の壷など ポンペイ出土
図14.モザイク画 ポンペイ出土
・ 学校団体が非常に多い。小学生から高校生・大学生まで。賑やかに見学している。
図15.小学生団体で渋滞する玄関
・ ほとんどの解説がイタリア語のみで、たまに英語表記を見かける。ただし、英文ガイドブックと多言語の音声ガイド(主要箇所で)あり。需要が結構ある様子。
・ 入館料:6.5E、英文ガイドブック7.5E、音声ガイド4E
・ 実物資料を見せることが本質であり、ラベル表示・換気・採光・応接態度などは枝葉という姿勢が感じられる。日本では手抜きとして批判されそうであるが、南イタリアの風土と本物の存在が学校団体に受け入れられていると思われる。
1世紀後半の火山の噴火で埋もれたローマ都市の発掘跡。ローマ都市がそっくりそのまま顔を出したところで、本物が世界中から人を集めるものと思われる。現在復元工事が行われているようであるが、資材がさびつくなど、予算が追いつかないようである。あまりにも広大なので、十分な保存・監視は困難なようである。
図16.ポンペイ遺跡への入り口
・ 入場料 10E
・ 要所に説明員(監視兼)が配備されている。
・ 音声ガイドあり。主要箇所に番号がふってあり、簡単に必要な音声を引き出せる。ガイドブックでは、その箇所を探すのが面倒、また、読みながら遺跡を見るのもつらいので、音声ガイドは重宝しそうである。
ローマ国立博物館マッシモ宮(ローマ)
ローマ時代の彫刻とローマ時代からの古銭を大量に展示
図17.ローマの古銭展示
・ 入場料6E
・ 音声ガイドあり。日本語も含めて各国言語の音声ガイドあり。
・ ボタン操作で動く拡大鏡で、古銭の細部を見せる。子供には大人気であるが、動かして遊ぶだけ。高校生も同じ様子。
ローマ国立博物館ディオクレティアヌス帝の浴場跡(ローマ)
ローマ時代の墓からの出土物が主な展示。墓ごとに出土物を展示。展示されている墓は160を超える。
・ 入場料6E
・ 音声ガイドあり。
図18.墓からの出土物を並べる展示場の一部
バチカン博物館(ローマ)
古代エジプトのコレクションから、広大な展示場に膨大な資料群。彫刻や絵画、壁画。建物自体も貴重な文化財。入館者も非常に多い。ここも貴重な実物資料が世界中から人を集めるのであろう。
・ 入館料10E
・ 日本語を含め各国語対応のポータブル音声ガイドあり(5E、クレジットカードなどを担保としてに預ける)。ただし、音声ガイドの対象となる展示は少ない。
図19.改札へ並ぶ来館者
図20.膨大な彫刻群の一部
図21.見学者で混み合った展示場
ローマ船博物館(ジェンツーノ)
ローマ市南西約30kmのネミ湖のほとりに存する。ネミ湖湖底からひきあげられたローマ時代の軍船にまつわるものを展示。戦中火災でほとんど焼失したため、復元模型を作成中。
・ 入館料2E
図22.屋外で復元中のローマ船
図23.ローマ船の縮小模型
図24.考古史上最古のベアリングの部品
貨幣博物館(アテネ)
ミケーネを発見したドイツ人、シュリンファーの邸宅を彼のコレクションとともに博物館としたもの。古代ギリシャ以降のコインを展示。コイン発祥の初期のもの多数あり。
・ 監視員数名常駐(いずれも女性)
・ 所蔵資料の複製を販売
図25.エーゲ海のリムノス島で出土したスタテス銀貨(440BC)
戦争博物館(アテネ)
屋外に戦闘機、高射砲、魚雷など、生々しいものを多数展示。館内は古代から現代までの銃や剣の実物資料が相当数展示されている。日本刀もあり
・ 館内写真撮影禁止、入場料無料
・ 受付:軍服を着た軍人と思われる男性
・ ラベル:ギリシャ語と英語の併記。
図26.屋外展示されている戦闘機
BENAKI MUSEUM(アテネ)
アテネで最大の私立博物館。古代ギリシャ時代、ビザンティン時代、独立戦争と現代ギリシャ国家成立までを資料展示。
・ 入館料6E
・ 展示室36
・ 日本語マップあり
・ ラベル:ギリシャ語と英語
・ 要所に監視員兼説明員常駐
・ 写真撮影禁止
アクロポリス遺跡(アテネ)
パルテノン神殿など改修工事中。足場やクレーン、鉄筋がむき出しの柱など、神殿と似つかわしくない光景。日曜日で無料開放であったが、思ったほどの混雑なし。
要所に警備員を配置
図27.修復工事中のパルテノン神殿
アクロポリス博物館(アテネ)
アクロポリスから出た彫刻、レリーフなどを多数展示。多くの見学者でにぎわう。ただし、見学者のマナーが非常に悪く、フラッシュ禁止にもかかわらず、頻繁にフラッシュ撮影がなされる。そのたびに大声で”No flush!”と叫び声が飛ぶ。名品を鑑賞する雰囲気でない。
・ 解説ラベル:ギリシャ語と英語の併記
・ 要所警備員を配置
図28.レリーフ
古代アゴラ(アテネ)
1930年ごろに発掘された古代ギリシャの政治・文化の中心地。アクロポリスのふもとに存する。発掘に際して300を超す人家を移転させたとのこと。
図29.アゴラの住居跡
アゴラ博物館(アテネ)
オリンピックに備えた改装工事で閉館中。展示場にはほとんど展示物がなかった。バックヤードでは、多くの米国人が出土試料の保存作業・研究をしている(アゴラは米国が発掘調査)。
・ バックヤード:発掘された膨大な資料を保管。温湿室管理も厳密。
・ コイン:何千と発掘されているが、すべて梱包保存。中身を見ることができない。
図30.アゴラ博物館内の資料処置室
ミラノ市立自然史博物館(ミラノ)
ほとんどがケース展示。鉱物結晶から始まり、地球上のすべての動物を展示するかのような姿勢で、実物資料主体で、展示点数は膨大。恐竜時代からの動物の進化に人類の現代までの進化も含める。ジオラマに躍動感あり。ハンズオンなしで、ケース展示だけでも素人を引き込むことは可能と思わせる。
・ 1838年開館、250万点を超える収蔵品
・ 入館料無料
・ 展示ガイドあり。平日であるも、20人ぐらいの聴衆アリ。
・ 要所の監視員
・ 解説ラベルはイタリア語のみ。ガイドブックもイタリア語のみ
図31.鉱石結晶群
図32.ガイドツアーでの解説に聞き入る参加者
図33.剥製によるジオラマ。臨場感あふれる表現で見学者を惹き付ける。
レオナルドダビンチ科学技術博物館(ミラノ)
博物館データ
・ 展示面積40,000平米、うち屋内は23,000平米
・ 1200人/日の学校団体
・ 60人の常勤職員(うち学芸員15人)、非常勤職員30人、ガイド90人
・ ボランティア:展示のメンテナンスのみ
・ PhDとるための大学生が10人
・ 倉庫2つあり。博物館の敷地内に小さいものと、郊外に飛行機などを保存する大きなもの
・ 週1日メンテナンス休業
多数の大型実物資料を中心に、21テーマを展開。小学校中学年ぐらいから、高校生までの団体でにぎわっていたが、自由気ままな行動は見られない。ガイドツアー、デモンストレーション、ワークショップのどれかに参加。走り回っている子供はいない。Educatorによると、自動車、船、飛行機は人気があってよいが、金属などは難しいので、ガイドなどで貴重な資料を活かしているとのこと。
博物館建屋の外壁、トイレの扉などに落書きがあり、予算の厳しさを感じさせる。
図34.玄関で待ち合わせする団体利用者
図35.ガイドツアーに参加する団体利用者
図36.蒸気機関車の展示
図37.団体利用者でにぎわう売店
BAGATTI
VALSECCHI博物館(ミラノ)
私邸を博物館として公開しているもの。19世紀中ごろ、BAGATTI VALSECCHI兄弟が自宅の装飾品として、骨董品を収集。彼らの相続人が寄付をして、財団として博物館を設立。コレクションは15世紀から19世紀までのもの。来館者への迎合は一切なく、興味のある人だけに見せるという姿勢が感じられる。武具のコレクションがもっとも多い。
図38.中世の武具
スフォルツェスコ城博物館(ミラノ)
ミラノ出土のBC8〜7Cの鉄器・青銅器などから16Cの武具、彫刻、エジプトのミイラ・棺おけなど、広大な場内に大量に展示
図39.ピストルのコレクション
3. 結論
図40.博物館の概念図 博物館は資料を収集、保管、調査研究、展示するところとして定義される。一昔前までは、学芸員(curator)だけがこれを担っていたが、現代ではeducatorやevaluatorたちが展示をより多くの市民に機能させるために活躍している。
わが国でも、海外先進館のeducatorやevaluatorの活躍が頻繁に報告され、それに見習おうとする傾向がある。展示をより多くの市民に対して機能させるための努力はもちろん必要なことである。しかし、博物館の本質はコレクションであり、そのことを軽視して手法だけを導入すれば、もはや博物館とは言えないものになるであろう。わが国の科学館は、プラネタリウム、サイエンスショー、ハンズオン展示など、様々な工夫で一定の来館者を確保している。しかし、コレクションが脆弱で、どの館も表面的な科学の紹介に留まっている。そのため、市民の文化活動の背景として機能していない。大阪市立科学館もその例外ではない。膨大なコレクションを所蔵する南欧博物館の手法をそのまま模倣することはナンセンスであるが、市民に迎合しない姿勢、そして博物館の本質、コレクションで生き抜くこうとする姿勢は見習うべきであろう。
大阪市立科学館は平成元年の開館以来、市民に科学・および科学技術を普及振興するため、様々な活動を展開してきた。しかし、大阪独自のコレクションを持つという活動は皆無に等しい。一方で、大阪は敵塾、舎密局など学問が発祥した地であり、科学館は阪大理学部跡地にあり、大阪には固有の産業史がある。大阪市立科学館はこの地の利を活かすことができる。これらを組織的に研究し、系統的に資料を収集すれば、コレクション主体の博物館となる土台を築くことができ、世界に通用する奥深い情報発信が可能となる。そして、科学館が市民の文化活動の背景となりうる。この活動は本市が掲げる「大阪学」の実践であり、科学館に与えられた使命でもある。
大阪市立科学館の基本的な活動として、大阪の科学史・産業史の組織的な研究、系統的な資料収集を実施することを提案したい。
謝辞
科学館の皆様には、今回の長期研修を快く許可していただきました。また、留守中、科学館を滞りなく運営するために、随分無理をしていただきました。さらに、研修中、常に心温かい励ましの電子メールをいただきました。科学館の皆様の力添えで、無事研修を終えることができました。ここに謝意を表します。