大阪市立科学館における展示の利用実態評価

斎藤吉彦

大阪市立科学館

 

概要

各展示の人気度を測るため、利用頻度を相対的に測定した。さらに、利用者の動向から推測される教育効果と展示資料の保存価値を数値化した。これらのデータから、次期展示改装の課題を考察する。

 


1.はじめに

当館は第1次改装事業(平成6年度完)と第2次改装事業(平成11年度完)[i],[ii],[iii]で映像・パネル主体の展示場から実物展示を含む参加型主体の展示場へと改変され、各方面から好評を得ている。しかし、これらの評はどのように展示場が利用されているかを示すものではない。また、①静展示はほとんど利用されていない、②来観者にとって難しい、③各展示アイテムが唐突である、④楽屋落ち、などと指摘されている。[iv],[v]次期改装の基礎データとして、展示場の利用者像を示す客観的なものは未だ得られていないのが実状である。そこで、展示場利用実態の客観的評価を目的に、人気度を測ることを試みた。これは、全展示の利用者数を一時間間隔で4日間に渡って測定するものである。さらに、学芸員が日頃見聞することから感じることを教育効果として数値化し、また、展示に使用されている資料の保存価値を数値化した。これらから、利用者像が推測することができ、次期展示改装の課題が浮き彫りとなった。

 本稿では、2章で調査方法を、3章で調査結果を、4章で分析、5章でまとめを与える。

 

2.調査方法

①人気度調査

 人気度を測るには追跡調査を数多く行うことが理想である。しかし、膨大な時間が必要となり、実際的でない。そこで、ある瞬間における各展示物の見学者数を求め、その人数から展示物の人気度を推定することとした。調査日は休日と平日のそれぞれ2日間とした。休日の来館者はほとんどが家族連れ、平日はほとんどが学校団体なので、以降祝日利用、平日利用をそれぞれ家族利用、学校団体利用として記すことにする。

調査時刻

10:00から16:00までの1時間おき

調査日

5月4,5日(家族)と5月10,16日(学校団体)

②直接観察の数値化

 展示の実態を評価するには、人気度調査だけでは不充分であり、どのように利用されているかを知ることも必要である。そこで、各展示について、学芸員の利用者評を教育効果として数値化した。また、どのような資料が利用されているかを知るために、保存に資する度合を、学芸員の評を基に数値化した。

 

3. 調査結果

 調査結果は資料1、2である。資料1は人気度調査と教育効果・保存価値を数値化した結果である。資料1の各項目等の記号と数字の意味は以下のとおりである。

(ア) 人気度

 次の計算式によるもので、1見学者が3時間展示場に滞在するとして、その展示を見学に費やす時間(分)に対応するものである。

人気度=見学者数/総見学者数×180

(イ) 教育効果

 見学者の反応や言動からの学芸員による評を次のように数値化したものである。

1.教育効果の数値化

5

感動を与えるほどの効果あり

4

期待した効果がある。

3

何らかの形で学習する。

2

まれに学習することがある。

1

ほとんど学習することがない

 

(ウ) 保存価値

展示物に使用されている資料が、どれだけ保存に資するかを次のように数値化したもので、学芸員の評価を基にしたものである。

2.保存価値の数値化

歴史的な貴重な実物資料

経常経費で入手できない貴重な資料

経常経費で入手可能であるが館が所蔵すべき資料

保存したほうがよい程度の資料

消耗品

 

 (エ) 展示ゾーン

 各展示ゾーンを下表のように記述する。

3.展示ゾーンの定義

1

1階

4-1

宇宙は今

2

2階

4-2

宇宙線放射線

3-1

3階エネルギー

4-3

大阪の科学史

3-2

3階科学プラザ

4-4

サイエンスタイムトンネル

 

(オ)資料

各データは本編末に添付した。各資料の内容は下記のとおりである。

4.添付資料一覧

資料

内容

人気度調査と教育効果・保存価値を数値化したもの

人気度調査の全データ

家族(祝日)、学校団体データ-それぞれ人気度2以上を降順に並べたもの

教育効果の高いもの

保存価値の高いもの

人気が高くかつ教育効果の高いもの

各ゾーンの平均値

 (*)連鎖反応(原子力発電)、火力発電、ローイング発電は故障で稼動しておらず、データ-得ることができなかった。

 

4. 分析

 人気、教育効果、資料価値、について調査結果を分析する。これらの項目について、「ある」、「なし」は下表の定義による。

5.「あり」「なし」の定義



人気

あり

人気度2以上

なし

人気度2未満

教育効果

あり

教育効果4以上

なし

教育効果3以下

資料価値

あり

保存価値3以上

なし

保存価値2以下

 

4-1. 家族連れと学校団体

 家族(祝日)と学校団体とでは共通に人気のあるもの(資料3網掛け無し)と一方だけに人気のあるもの(資料3網掛け)とが存在する。前者は単純で楽しい(強力磁石、ボールマシン、ケプラーモーション)、競争心をあおるあるいは体感できる(フライトシミュレータ、ジョギング発電、サイクリング発電)、意外性(不思議な部屋をのぞいてみよう、シュート)という特徴をもつ。後者で家族(祝日)に人気のある展示29点中で学校団体には不人気なものが16点もある。家族連れと学校団体では見学者の利用方法がかなり異なることが推測される。「地球うちゅうをつくるもの」「分子構造と物質」「惑星大きさ比べ」「星の三次元分布」は静展示であるにも関わらず、家族連れに人気がある。これは展示場の導入部に位置すること以外に、馴染があり、親が子に語ることのできるのが要因であろう。

「力比べ」「滑車」「月の満ち欠け」などは親子で楽しみながら、親が子に語れるものである。これらは比較的教育効果も高いものである。「図書コーナー」「ビデオシアター」は人気展示ではなく、4階、3階を見学した後、疲れて休憩する場所を欲していると考えられる。一方、学校団体に人気があって、家族連れに人気のない展示は「スピードスピン」「街をつくろう」「チャレンジステーション」「ジャンピングボール」「原子燃料サイクル」「私たちの銀河」「レンズ」など教育効果に乏しいものが多い。家族連れは教育効果の大きいものを選んでいることが分かる。

6.家族連れと学校団体の特徴

共通

人気のきわめて高いものは、単純明快で動きが楽しい、競争心をあおるあるいは体感できる、意外性のあるもの。

家族

親は理解できる展示を通じて、子に語る

家族

家族連れは教育効果の大きいものを選ぶ。見学者は知的なことを求めている。

家族

休憩場所を欲している。

 

4-2. 教育効果と人気

 資料4が示すように、教育効果の高いものの人気度の平均が2弱であり、比較的人気が高い。このことは見学者が知的なことを求めていることを示唆する。ただし、人気のあるものが全て教育効果の高いものとは限らない(資料3)。例えば「フライトシミュレーター」「街をつくろう」「スピードスピン」「衝突実験」「ジャンピングボール」などは、明らかに遊んでいるだけで、知的な行為がなく、展示意図とは全く異なることで喜ばれている。さらに、資料7から分かるように、当館の展示場は全体として教育効果が低いことが分かる。

7.教育効果と人気から分かること

見学者は知的なことを求めている。

展示意図とは全く異なることで喜ばれているものがある。

教育効果が全体として低い。

  展示意図をいかに伝えるかは大きな課題である。

 

4-3. 貴重な資料の展示

 資料5から、資料価値のある展示はほとんどが人気がないことが分かる。資料7はこのことを明らかに示している。すなわち、保存価値の高い「宇宙線・放射線」「大阪の科学史」「サイエンスタイムトンネル(静展示)」は、人気がない。つまり、価値ある資料といえども、ケースに入れるだけでは展示として機能していないことが分かる。ところが、保存価値のあるものの中で、「磁石のいす」「原子力発電」「地球・宇宙をつくるもの」「分子構造と物質」は人気がある。これらは次の理由で利用されているようである。

8.保存価値があり利用されているもの

展示品

利用される理由

「磁石のいす」「原子力発電」

ハンズオンの併用

「地球・宇宙をつくるもの」「分子構造と物質」

静展示であるが、身近なもので展開

 

ただし、「地球・宇宙をつくるもの」「分子構造と物質」は入り口に近いところに存在するので、評価には慎重を要する。

9.貴重な資料の展示

資料価値のある展示はほとんどが人気のない展示である。

資料価値の高い展示や静展示は一般に見られていない。しかし、静展示でも身近で、既知の概念を使った表現で分かりやすいものは人気展示となる。

 

静展示において、ハンズオンとの併用や身近なものを切り口にするなどが有効な展示手法であると示唆される。

 

4-4. ハンズオンの有効性

 「サイエンスタイムトンネル(ハンズオン)」や「エネルギー」などハンズオン展示は静展示と比して教育効果が高く、人気もある(資料7)。体験学習の有効性を裏付けるものである。しかし、下表に示したように、ハンズオンで教育効果の低いものもある(資料1、2)。

10.教育効果の低いハンズオン展示

展示品、コーナ

理由

「真空落下」「スピードスピン」「ういたりしずんだり」

操作方法が分からず意図が伝わらない

「ジャンピングボール」「わがままななべ」

現象確認ができない

「サイエンスタイムトンネル」や「エネルギー」の電気の原理実験

実生活とかけ離れた概念を唐突に表現しているため、ハンズオンであるが難解なものとなっている

この結果をまとめたのが表11である。

11.ハンズオンの有効性

 ハンズオンは静展示と比して人気があり、教育効果も高い。

操作方法が分からない、現象確認できない、難解なもの、などが存在する。そのため、展示意図とは全く異なることで喜ばれたり、不人気となったり、教育効果の発揮しない展示がある。

 

ハンズオンが有効に機能するには、実生活と関連付ける、現象が明確である、操作方法が分かりやすい、などが必要条件である。

 

4-5.静展示の可能性

 静展示はハンズオンと比して、人気がなく教育効果も低い(資料1、資料7)。しかし、「地球うちゅうをつくるもの」「分子構造と物質」「惑星大きさ比べ」は静展示であるが、親子連れに高人気であり、教育効果も高い(資料3)。これらは馴染があり、既知の概念を使った表現であり、分かりやすいものである。一方、「うちゅうは今」「宇宙線・放射線」「大阪の科学史」「サイエンスタイムトンネル(静展示)」は人気がない。これらは、馴染がなく、未知のことであり、とっつきにくいものである。すなわち、来館者の知識から遊離したものと考えられる。

12.静展示の教育効果

静展示はハンズオンと比して、人気がなく教育効果も低い。

静展示でも身近で、既知の概念を使った表現で分かりやすいものは人気があり教育効果も高い。

 

静展示であっても来館者の知識で表現することで、有効なものになると考えられる。

 

4-6. 休憩場所

 「図書コーナー」「ビデオシアター」は祝日の人気展示である(資料3)。しかし、実際は、疲れて休憩しているのが観察されている。家族の一般的利用像は4階3階で楽しんだ後、2階に来たころには疲れきっているというものであろう。

休憩場所が少なく、心地よく見学できない。来館者が心地よく見学するためには休憩場所の増設が必要である。

 

4-7.陳腐化

 2階は人気ゾーンのように見える(資料3、資料7)。しかし、前項で述べたように図書コーナーとビデオシアターは休憩用に使用されている。「フライトシミュレータ」や「強力磁石」が極端に高人気で2階の人気度を上げている。しかし、一方で、センサ群(2階「熱線ビデオ」から「光ファイバースコープ」)などは陳腐化により、人気がない。すなわち、2階の実状は不人気である。

陳腐化した展示は、利用されない。

 

4-8.各フロアーの特徴

フロアーごとに特徴をまとめたのが表13である。

 

5.まとめ

 分析結果をまとめると以下のようになる。

(1)   人気のきわめて高いものは、単純明快で動きが楽しい、競争心をあおる、あるいは体感できる、意外性のあるものである。

(2)   利用度の低いコーナーは、利用者の実生活・知識から遊離したもの、旧態展示、陳腐化したものである。

(3)   資料価値の高い展示や静展示は一般に見られていない。しかし、静展示でも、身近で既知の概念を使った表現で分かりやすいものは人気展示となる。

(4)   家族連れは教育効果の大きいものを選ぶ。見学者は知的なことを求めている。

(5)   ハンズオンは静展示と比して人気があり、教育効果も高い。その一方で、操作方法が分からない、現象確認できない、難解なものが存在する。そのため、展示意図とは全く異なることで喜ばれたり、不人気となったり、教育効果の発揮しない展示がある。

(6)   見学者の実生活や知識から遊離した展示は、ハンズオン・静展示に関係なく、機能しない。

(7)   休憩場所が少なく、心地よく見学できない。

以上のことから、表14が当館の重要な課題となろう。



 

13.各フロアの特徴


人気

斬新性

教育効果

1階

ハンズオンが大いに楽しまれる

原理的なもので陳腐化することはない。

楽しむだけで、期待される効果は出ていない

2階

センサ群などメインの展示はほとんど見られていない

10年以上前の先端技術で、陳腐化により展示に耐えない

古い技術の展示で教育効果がほとんどない

3階エネルギー

発電コーナなど大人気

古いデータの展示があるが、発電体験など陳腐化することはない

中には効果のあるものもあるが、多くは楽しむだけで期待される効果はない

3階科学プラザ

旧態展示でほとんど人が来ない

旧態展示で陳腐化を感じさせ展示に耐えない

サイエンスショー以外ほとんど効果なし

4階

ハンズオンが大いに楽しまれる。静展示も楽しまれているものがある。

原理的なもので陳腐化することはない。

中には効果のあるものもあるが、多くは楽しむだけで期待される効果はない


 

14.大阪市立科学館の重要な課題

見学者の知的欲求に応えうる展示の開発と貴重な資料の展示手法の開発すること

ハンズオン、静展示に関係なく、実生活に関わることや見学者の知識で表現すること

 

 

 



一般に展示場入り口付近では見学者は長時間を費やすことが知られている。



参考文献

[i]斎藤吉彦:大阪市立科学館研究報告No.10,2000,45-54

[ii]加藤賢一:大阪市立科学館研究報告No.10,2000,55-66

[iii]加藤賢一:大阪市立科学館研究報告No.10,2000,67-76

[iv]大倉宏・斎藤吉彦:大阪市立科学館研究報告

No.11,2001,43-46

[v]井上晴貴・菊池恵子・染川香澄・那須孝悌・横尾武夫:大阪市立科学館研究報告No.11,2001,47-60