月刊うちゅう 2006 Vol.22 No.11 

質量の起源

 去年12月に南部陽一郎先生が、科学館へお出でになりました(図1)。南部先生は、「素粒子の預言者」と称される理論物理学者で、クォークのカラー自由度や素粒子の弦模型など、数々の先駆的な業績が現代物理学の歴史に参禅と輝いています。これら業績の中で、一番のご自慢が「対称性の自発的破れ」の提唱とおっしゃっています。これは素粒子の質量起源を与えるものです。つまり、私たちの身の回りにあるものすべてには重さがあるのですが、どうやってこの重さを得たのかに答えを出すものです。科学館には「対称性の自発的破れ」を実際に示す展示装置「磁石のテーブル」があり、南部先生はこれを訪ねてこられたのです。


1.方位磁石集団が引き起こす「対称性の自発的破れ」を楽しまれる南部陽一郎先生。

 さて、「対称性の自発的破れ」を「磁石のテーブル」で説明しましょう。図2が「磁石のテーブル」で、方位磁石を1000個並べたものです。方位磁石は北を指すのですが、お互い作用しあって北を指さずに、近所同士が同じ向きになろうとしていますね。じつは方位磁石はたくさん集まると、このように近所同士が揃うという性質を持っています。どの方向に揃うかは勝手なのですが、必ずどこかの方向に揃います。現代物理の用語でこれを表現すると、「方位磁石集団には、四方八方どの方向でもよいから揃うという対称性がある。それが自発的に破れて、ある方向に揃う。」といいます。これが「対称性の自発的破れ」で、素粒子の世界では、ヒッグス場というのがこの方位磁石とそっくりなのです。ヒッグス場も近所同士揃うという対称性を持っています。そして、この対称性が破れてある方向に揃った結果、素粒子は質量を得る、と考えられています。


図2.展示装置「磁石のテーブル」。方位磁石1000個が作用しあって、近所同士が同じ向きに揃おうとしている。

 斎藤流の身近な例えを紹介しましょう。日本とアメリカとの拳銃文化の違いを比較します。日本では拳銃はごく一部の人だけが持っていて、一般家庭に紛れ込むことはありません。ほとんど移動しないということで、とても重くなっています。一方、アメリカでは工場で作られるとスーパーマーケットでも販売され、多くの人々の手に渡ります。拳銃は自由に動き回ります。とても軽いですね。質量がないといっていいでしょう。アメリカでは自分の身は自分で守るという文化があり、拳銃規制はないに等しいです。つまり、拳銃に関してまったく無秩序です。日本では厳しい拳銃規制があって、人々は秩序化されています。この秩序で拳銃が 質量を持つのです。
「拳銃文化は素粒子の質量起源を説明するいい類推と思うのですが・・・」と、南部先生に聞いていただいたところ、「どのような対称性が破れたのですか?」とのコメントをいただき、答えに窮してしまいました。で、その後こんな対称性を考えてみました。ユーロ圏でも、ファシズム体制でも、共産主義体制でも、拳銃規制があり秩序化されています。拳銃規制の秩序化には、様々な形態があります。この様々な形態のあることを、拳銃規制の対称性としましょう(図3)。この対称性が破れて、日本では日本流の拳銃規制が実現している、そして、このように秩序化された人間との相互作用で拳銃がほとんど動かない、すなわち大きな質量を得た、と考えていいでしょう。人間集団がヒッグス場に、拳銃が素粒子に対応すると著者は考えています。


3.拳銃規制の対称性。無秩序なアメリカ文化と秩序化された体制。ヒッグス場の対称性もこの図と同様である。

斎藤吉彦:学芸員