月刊うちゅう 2004 Vol.21 No.7

中野董夫元館長の逝去を悼む  斎藤吉彦

 科学館の元館長、中野董夫先生が去る8月15日お亡くなりになりました。中野先生を最後にお見かけしたのは、大倉学芸員と科学館から肥後橋へ向かって歩いていたところ、さっそうと我々を追い抜いて行かれた時です。我々よりもずっとお元気な様子でしたので、突然の訃報に驚きました。
 中野先生は大阪市立大学を1990年に定年退官された後、大阪市立科学館の館長に就任されました。大阪市立大学時代は、数々の輝かしい業績を残されています。クォーク理論の基礎となる中野・西島・ゲルマンの法則は素粒子論の教科書には必ず載るもので有名ですが、その他にも、素粒子の剛体模型や重力のゲージ理論など、現代素粒子物理学において先駆的お仕事をされています。このような大先生が科学館の館長に就任されたのです。本稿では中野先生の科学館でのお仕事を2つ紹介し、追悼文とします。
 一つは市民への学問の普及です。それは中野先生の連続講座「相対論入門」(1994年)に始まります。この講座開設のきっかけとなったのは、高校教員からの「中野先生にセミナーをして欲しい。」との依頼でした。中野先生は、「科学館だから、教員対象でなく市民にも参加していただけるようにする。」とおっしゃって、この連続講座が始まりました。後述するように、ここに先見性があり、学問の普及に貢献するものとなったのです。
 中野先生は、「話だけでは理解できない。数式を使って理解していただく。」とおっしゃって講義をされたのですが、現役の大学生でも困難な内容でしたので、理解できた参加者は多くありませんでした。しかし、講義終了後、「理解したい!」と講座の参加者が集まり、科学館に「相対論サークル」が生まれたのです。そして、これが「サイエンス友の会」発足のきっかけとなり、「サイエンス友の会」は「星の友の会」と合併し、現在の「友の会」となりました。「相対論サークル」はその後、活動を大きくし、「理論物理サークル」となり、10年経った現在も活発な学習活動を行っています。中野先生は、サークルにも度々顔を出され、また、合宿や酒宴も都合がつくときは必ず参加され、「教えることが好きなんだ!」と、全くの初学者の質問に丁寧に受け応えされました。中野先生の講義や説明は一般人にとって分かりやすいものではありませんでした。しかし、物事を理解するのは己であり、自分で努力するしかありません。先生は理解するための道筋を示されたのであって、理解できるかどうかは、本人の執着心と努力にかかっているのです。「理論物理サークル」の独特な濃厚さは、この精神を象徴しているようです。同じ試みが化学分野でも実施され、西本先生や芝先生の連続講座から、「化学サークル」が発足し、化学を楽しむ集団が育っています。このように、「学問を楽しもう!」という集団が生まれ、その後の学習が続いているというのは、まさに市民への学問の普及であり、中野先生の先駆的な業績といえるでしょう。サークルのさらなる発展を期待します。


理論物理サークルの合宿で講義される中野先生

 もう一つは、我々学芸員に課した宿題です。1989年10月に科学館は50名以上にのぼる裏方に支えられ、加藤、菊岡、川上の3名の学芸員体制でオープンしました。学芸員は科学館の顔となる業務を担当し、科学館の将来を左右するような重責を担っています。1990年4月に中野先生が館長に就任されたのと同時に、3名の学芸員(嘉数、渡辺、松村)が採用され、科学館の中野時代が6名の学芸員体制で幕を開けました。この時点では、学芸員は全てプラネタリウム・オムニマックスを担当しており、展示場担当の学芸員は不在でした。中野先生の「よりよい科学館を目指すには、科学館を研究しなければならない。研究の手法を知った学芸員が必要である。」との掛け声で学芸員の増員が計られたのです。中野先生就任の翌年(1991年)に斎藤が採用されたのに続き、その後着々と補強され、現在11名の学芸員体制となっています。


中野先生(前列左から4人目)と学芸員および科学館職員

 このように、中野先生の掛け声で学芸員が集められ、学芸員には科学館を研究し、科学館をよりよいものにするという課題が与えられました。しかし、学芸員だけでは、日課をこなすだけ、あるいは空想や思い付きを語り合う程度のものとなってしまいます。多くの方々と学芸員との共同作業で、またその経験を基に科学館を研究することで、よりよい科学館を目指すことができるものと思います。そうすれば、中野先生の掛け声は異分野での大きな業績となるはずです。友の会の皆さんにも科学館事業に参画いただけたら、とてもありがたいです。
 著者は学生時代から、できが悪いのに酒だけは一人前以上ということで、中野先生のお世話になってきました。そして、「まだしばらくは中野先生に・・・」と思っていたのですが、それが叶わなくなりました。目を閉じると、「君もそろそろ巣立ちですね。」と、いたずらっぽく微笑む中野先生がうかんできます。