月刊うちゅう 2004 Vol.21 No.9

今年のノーベル物理学賞

2004年のノーベル物理学賞はカリフォルニア大サンタバーバラ校のデービッド・グロス教授(63)、カリフォルニア工科大のデービッド・ポリツァー教授(55)、マサチューセッツ工科大のフランク・ウィルチェック教授(53)の米国の三氏が受賞した。彼らの研究はおおよそ次のようなものである。陽子や中性子などはクォークという基本粒子複数個が強い相互作用という力で結びついている。ところが、クォークは単体で見つかることはない。彼らはなぜ見つからないのかという疑問に応えたのである。それはこの強い力にはゴムひものように近距離で弱く離れると強くなる「漸近的自由性」があることを証明したのである。この性質のためクォークは単独で存在できないというのである。

この研究は著者が大学院に入学して初年度に出会ったものだ。当時の流行の基礎であったが、どうも腑に落ちないことがあって悶々としているうちに、学友たちに取り残されてしまった。これは場の量子論を道具とするのだが、この道具が難解であった。場の量子論では計算の途中で必ず無限大という数に出くわすのだ。物理学者はこれを処理するために電荷や質量などが本来無限大なのだと言って、うまい具合に有限の答えを導くのである。この操作はくりこみという朝永振一郎博士らが編み出した方法で、1965年にノーベル賞が贈られた研究である。さて、物理学者はさらにウルトラCを演じるのである。じつは無限大の処理の仕方には任意性がある。そこで、「もし、場の量子論が無矛盾なら、場の量子論から導かれる答えはこの任意性に依存しないはず。」と、いろいろと計算をするのである。これはくりこみ群と呼ばれるものである。強い相互作用について計算すると、今年のノーベル賞の「漸近的自由性」が導かれるのである。著者にとっては、無限大が出るなどとんでもない、そんなものに触れてはいけないというカチカチの硬い考えをしていた。それで、「場の量子論が無矛盾なら」などという仮定に抵抗していたのである。一方、物理学者は無限大に物理的イメージを与え、自由に操り、理論を展開したのだ。強い力以外にくりこみ群を応用すると、重力以外の3つの力、すなわち強い力、電磁力、そしてベータ崩壊に関与する弱い力の3つの力が超高エネルギーで一つの力になることが示されたのである。これが大統一理論と呼ばれてものである。

以上は四半世紀以上も昔の話で、くりこみ理論やくりこみ群は当時の頃から随分様相を変えて進化し、さまざまな分野で有力な理論となっている。

いい仕事をするには、細かいことはほどほどにしておいて、とにかく困難を切り開いて突き進むという開拓精神が必要なのでしょう。

(斎藤吉彦:科学館学芸員)