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■酸欠にごちゅうい■





月刊「うちゅう」2001年12月号 化学のこばなし(31)より


 わたしの苦手な寒い季節がやってきました。さむいです。自宅では、むくむくに重ね着をして、炬燵と石油ストーブとガスエアコンを組み合わせて使っております。さて、暖房器具を使っていると「部屋をしばしば換気するように」と言われて、せっかく部屋があったかくなったのにいやだなーと思ったりしてしまうのですが…、今月は「6畳一間の部屋を締め切ってガスファンヒーターで暖房したら何時間で酸素がなくなるか」というおはなしです。


■部屋の中に酸素はどれくらい?

 酸欠とは酸素欠乏の略で、空気中や水中に溶けている酸素の量が不足することです。それでは実際に6畳の部屋にどれだけの酸素があるか計算してみましょう。

 6畳の部屋の体積は、畳1枚(0.8×1.8)m、天井の高さ2.6mなので、
   6×0.8×1.8×2.6=22.5m3=22500 リットル

 このうち、酸素は空気の約5分の1(20.95%体積)を占めているので、
   22500×20.95/100≒4700 リットル

 となります。


■暖房器具からでる熱はどれくらい?

 暖房器具の燃料には灯油、ガス、電気いろいろありますが、今回はガスファンヒーター(燃料は都市ガス、主成分はメタンCH))で考えてみます。
 ガスファンヒーターの中ではメタンが燃えて、つまりメタンが酸素(O)と化学反応(燃焼)していて、そのときにでる熱が部屋を暖めます。メタンが燃焼したときの発熱量は182 kcal/molで、化学反応式と発熱量を合わせてかくと、

   CH +2O = CO +2HO +182(kcal)

となります。
 この式からも、熱がでるのと同時に酸素がどんどん使われていくのがわかりますが、では実際6畳の部屋にある酸素4700 リットルはいったいどれくらいの時間でなくってしまうのでしょうか。


■4700 リットルの酸素は何時間でなくなるか?

 上の化学反応式から、だいたい酸素44.8 リットル(2mol分。1molは気体の標準状態で22.4 リットル)が消費されると同時に182kcalの熱がでるということがわかるので、部屋の中にある酸素を全部使い果たして出る熱は...
   44.8 リットル:182kcal=4700 リットル:Xkcal
   X≒19000kcal

となります。ガスファンヒーターの発熱量は1時間あたり2100kcal(木造6畳用)なので、
   19000÷2100≒9.0

 つまりおよそ9時間で、部屋の酸素がゼロになってしまうということになります。


■酸素がなくなる前に、一酸化炭素中毒にごちゅうい

 しかし実際には、酸素がなくなる前に酸素不足によって燃料の不完全燃焼がはじまり、一酸化炭素ができます。つまり酸欠よりもまず一酸化炭素中毒の危険が予想されます。
 酸素が不足しているときに炭素(C)が完全燃焼しきれなくてできた一酸化炭素(CO)は、無味、無臭、無色の気体で、日本での全中毒事故の約半数が一酸化炭素によるものです。一酸化炭素は血液中のヘモグロビンと結合するちからが酸素より約210倍も強く、一酸化炭素が空気中に増えてくるとヘモグロビンが運ぶ酸素が減って、組織が酸欠になっていきます。血液中のヘモグロビンのうち約20%が一酸化炭素と結合すると、頭痛、感情不安定などの中毒症状とけいれんを伴う昏睡などの症状があり、さらに60%近くになると死亡してしまいます。早期に新鮮な空気中に移せば一酸化炭素が排出されて回復の見込みがありますが、重症の場合には後遺症として精神障害が見られることがあります。

空気中のCO濃度吸入時間と中毒症状
  0.02 (%)2〜3時間で前頭部に軽度の頭痛
  0.041〜2時間で前頭痛・吐き気、2.5〜3.5時間で後頭痛
  0.0845分間で頭痛・めまい・吐き気・けいれん、2時間で失神
  0.16 20分間で頭痛・めまい・吐き気、2時間で死亡
  0.32 5〜10分間で頭痛・めまい、30分で死亡
  0.64 1〜2分間で頭痛・めまい、10〜15分間で死亡
  1.28 1〜3分間で死亡
一酸化炭素の濃度と中毒症状**



 さて、「部屋の中の酸素がなくなるまで9時間」という結果がでたときは「意外にもつな…」と思ったのですが、1時間で酸素の約1割が消費されていることになるので、2時間後には部屋の中の酸素は16%近くまで減っているのですね。これは人間が呼吸をしたあと、吐き出す呼気の中の酸素量(15%)とほぼ同じくらいです。せっかく暖かくなった部屋がまた寒くなるのはつらいですが、やっぱり換気は積極的にした方がよさそうですね。

 文章内の*は大阪ガス、**は東京ガスのホームページ、畳のサイズと天井の高さは筆者の自宅を参考にしました。また部屋は密室で、家具がなくて人間もいないものを想定しています。


 (岳川有紀子:科学館学芸員)

(2004.12.14.更新)

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