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大阪市立科学館研究報告 第12号 2002年

展示「化学の実験装置」製作報告

岳川有紀子
大阪市立科学館 学芸課

概要

 化学反応の瞬間を来館者に見てもらう目的で「化学の実験装置」を新規製作し、展示として公開したので報告する。

1.はじめに
 化学は「化ける学問」と書くように、ものが化ける瞬間というものが化学のおもしろいところのひとつである思う。科学館来館者の多くにその瞬間をたのしんでもらいたいと考えているが、その反面、化学反応には試薬等消耗品の準備交換、制御の難しさ、廃液の処理など、科学館の常設展示場のような無人状態で行うにはさまざまな問題点がある。多くの科学館ではこのような問題点からであろうが、化学反応を展示で見せる科学館はほとんどない。仙台市科学館では近年化学実験の展示を公開したが、制御のために高額な費用と投じているとのことであり、我々には多額の予算は与えられていない。

   ドイツ博物館の化学反応の展示


 さて、ドイツ博物館(ドイツ・ミュンヘン)には数多くの化学反応の展示が古くからあることはよく知られている。ドイツ博物館を訪れた際、その種類と数の多さにも圧倒されたが、それぞれが見るからにしくみがわかるシンプルな制御で作動していることが理解でき、当館にとって非常に参考となるものであった。
 このドイツ博物館の化学実験の展示をヒントに、当館での化学実験装置の製作に取り掛かった。準備から公開までの経過を報告する。

2.製作準備
 実際に現実として当館で製作できるかどうかを判断するために、まず参考としたドイツ博物館に「製作に必要だった費用」「メンテナンスの頻度」「維持費用」などについてe−mailで問い合わせをした。数日後、ドイツ博物館から以下のような内容の返事をもらった。

 ・1972年のオープン以来、特に問題はない
 ・作動は300回/日程度、作動1回につき5〜10mlの溶液を使用
 ・設備は電気メカ制御
 ・技術的な設備にかかる費用は3000DM(約20万円)

 このようなドイツ博物館からの助言や当館の性質を考慮し、当館での製作もシステム的・予算的に不可能ではないと判断し、製作に取り掛かった。反応の種類は、比較的単純で反応の種類が多い二液混合タイプの反応に限定し、液の出し入れはコンプレッサーの空気圧で制御することにした。
 基本的なシステムの方向性が決まったところで業者を選定し、詳細に打ち合わせをしながら設計し製作した。この間にも、溶液の吸い上げしくみについて、ドイツ博物館から展示の設計図のコピーを送っていただくなどアドバイスをしていただいた。
 今回製作した「化学実験装置」の設計図を公開する。製作費用は約100万円、以後は設計準備費用がかからないので多少安価に製作できると思われる。設計段階より安全性、耐久性等に充分気を配ったのは言うまでもない。

3.公開にむけて
 何度かの予備実験、調整を経て公開した。この展示で行う化学反応には、現在のところ、反応が起こったことがわかりやすくインパクトのある、ルミノール反応を採用している。ルミノール反応は展示場の明るいところでは反って見え辛くなるので、展示場の中でも比較的照明が暗く、化学に関連した「大阪の科学史・舎密局」に隣接する場所に展示することにした。また、簡単な解説をつくり、展示の横に設置した。
   公開した展示


4.課題
 予想はしていたが、廃液の処理、溶液の補充にとても手間がかかる。ドイツ博物館は排水、水道工事も専用にされている様子だったが、当館の場合はあとから入れた展示ということもあって給水排水設備は一切ないことも原因である。この点については全体の設計の段階から組み込まれた展示にすればこの点は解消が可能となる。また溶液を補充する際のボトルのふたの開け閉めによって、空気の漏れが生じやすく溶液の吸引がコンプレッサーでうまくいかなくなることがある。この点は現在も製作業者と相談して改良途中である。最終的には溶液の準備や交換作業がどこまで短縮できるかが課題である。
 来館者の反応としては、ルミノール反応がインパクトのある化学反応ということもあって、楽しんでいる様子がよく観察される。光った瞬間には歓声が聞かれることもある。「化学反応が起こって光った」ということは理解していただいている様子である。
 今回の製作を通して、これまで不可能とはいわないまでも、手間、制御、高価な製作費などの問題で敬遠されてきた化学反応の瞬間を、常設展示として来館者に見せることが可能であることが証明できた。今後もいろいろなタイプの化学反応を見ることができる展示の製作に挑戦していきたいと考えている。また、多くの科学館でこのような化学実験の展示が製作され増えることを期待している。
 最後に、このような展示を製作したものの、しかし、化学反応はやはり自分自身が手を動かして実験をおこなうことが理想であり、そうすることによってさらなる化学のおもしろさを実感できるものだと思っている。このようなジレンマを感じることも少なくはないのだが、化学実験の講座ではかかえきれない多くの市民に、このような化学実験の展示でも、化学反応の瞬間を見ていただけるようになることは、化学をより多くの市民にたのしんでいただき学習していただく上で、大きな役割を果たしてくれると信じている。

謝辞
 今回の製作にあたり、ドイツ博物館化学部門のGuenther Probeck氏には、非常に参考となるノウハウを親切かつ詳細に教えていただきました。深く感謝します。



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