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大阪市立科学館研究報告 第14号 2004年
化学実験講座「おとなのための実験教室」実施報告
岳川有紀子
大阪市立科学館 学芸課
概要
一般市民を対象とした化学実験講座「おとなのための実験教室」を実施したので報告する。今年度は「クスリの化学を実験しよう」をテーマに、@入浴剤をつくろう A消化薬はほんとに消化する?! B風邪薬が湿布薬に変わる?! の化学実験を通して身近な化学を学習していただいた。
1.はじめに
化学実験講座は1997年より、学校教育を離れるとなかなか触れる機会のない化学実験を一般の方に体験してもらうために、「実験を通して化学を考える」こと、化学についての知識を深めてもらうことを目的に実施している。今年度も「おとなの実験教室」と題して、「クスリの化学を実験しよう」をテーマとし、化学実験操作の習得とともに、現代の私たちの生活に身近な"くすり"の化学物質としての一面を知り、各薬品の成分、効果、また化学変化というそれぞれの化学的な内容について興味をもっていただき学習することを目的とした。
2.日時及び参加人数
2003年10月11日、11月8日、12月13日 (いずれも第2土曜日)
実施時間:14時〜16時
参加人数:56名(3回合計)
3.実験内容
第1回「入浴剤をつくろう」1)
入浴剤はクスリ(医薬品)ではないが、医薬部外品として身近に使われている。第1回で入浴剤をテーマとした理由には、以下の4点があり @入浴剤にはさまざまな成分(化学物質)が含まれている、また危険な薬品がない A発泡入浴剤をつくる実験は、化学実験初心者にとって簡単で危険が少なく、化学実験の基本的な作業(試薬を計り取る、ピペットを使うなど)が多い。 B発泡入浴剤に関連して、いくつかの酸アルカリの実験が可能で、実験の習得や化学の理解を深めることができる。 C発泡入浴剤を作るということ自体に人気がある。
テーマを選択した理由ABについては、(1)酢とふくらし粉を混ぜる実験(CO2の発生と化学変化について)、(2)レインボー試験管2)(酸とアルカリの混合によるpHの変化を確認する)の実験を行い、中和や発泡の原理などについての段階的に理解を深めていった。
(1)は薄めた食酢に、直接ふくらし粉(炭酸水素ナトリウム)を加えると、突然勢いよく発泡(CO2)する、というとても簡易な実験であるが、身近なものを混ぜるだけで、目に見える劇的な現象が起こる点が効果的なだけでなく、化学変化も説明しやすい実験である。
写真1.レインボー試験管:
底から水面まで、青〜黄〜赤とだんだんに変色する。気体の発生も観察できる。
(2)のレインボー試験管は、試験管の底に炭酸水素ナトリウム粉末(アルカリ性)を詰め、そっと万能指示薬を加えた後に、上から酸性の液体をゆっくり滴下する。すると中和反応によって、試験管の底からアルカリ〜中性〜酸性という変化が起こり、それに伴って指示薬が青〜黄〜赤色に変色する実験である(写真1)。この変色がまるで虹のように見えるので「レインボー試験管」と名付けた実験であるが、酸・アルカリの中和の化学変化を視覚的に実感することができるよい実験だと考える。また、薬品を選択することによって、酸・アルカリ界面で気体が発生することもあり、発展的な学習も可能となる。
これらの実験と化学的しくみを踏まえた上で、発泡入浴剤の作成や、発泡しない入浴剤の成分との比較を行うことによって、効果的な学習を行うことができた。
第2回「消化薬はほんとに消化する?!」3)
デンプンに市販の消化薬を加え、消化の進み具合を尿糖試験紙で確認する実験を行った。この実験の目的は主に以下の3点である。@体内で起こる消化も化学反応の一種であることを認識する。A消化薬を飲んだときに胃の中で起こる化学変化を、目の前で起こし確認する。B消化の化学変化と消化薬の効果を学ぶ。
写真2.デンプンの消化に適切な温度を保つため、温度管理を慎重に行う参加者
この実験で使用できる消化薬については、参考文献には「市販の消化薬」とだけ指示があったが、予備実験において、用意した4種類の消化薬のうち、「新タカジア錠」で期待される結果がでただけで、太田胃散錠剤・太田胃散粉剤・ワカモト消化薬では結果が出なかった。ただし、実際に服用した際の効果については、この限りではないと考えられる。
消化の化学変化を追うために、尿糖試験紙を用いたが、これは簡易で短時間に結果がわかるだけでなく、尿糖試験紙の利用と糖尿病の関係、また、糖検出による色変化の化学的原理などについて説明ができる点も、講座を充実させる効果となった。
今回はデンプンの消化にのみに注目したが、タンパク質・脂肪など通常の食品に含まれる他の成分についても、消化実験を行うことができれば、より充実した内容になると考えている。
第3回「風邪薬が湿布薬にかわる?!」4)
風邪薬(頭痛薬、主成分:アセチルサリチル酸)も湿布薬(主成分:サリチル酸メチル)も一度は使ったことのある身近な薬である。化学的にみるとこれらの主成分となる物質の分子構造はよく似ており、また、頭痛薬(アセチルサリチル酸)を化学変化によって湿布薬(サリチル酸メチル)に変えることができる点は、化学反応がなせる業といえ、このような変化は、薬品開発や新物質の合成などといった分野で実際に行われている。
アセチルサリチル酸
サリチル酸メチル
講座の最終回にこの実験を行った目的は主に以下の4点である。 @物質の基本単位である分子について説明ができ、その形を比較したりできる。 A化学変化で物質が変化するということは分子が変化していることを説明できる。 B扱いが難しい薬品(硫酸)を使う。 Cサリチル酸メチルの生成は、特別な分析機器がなくても鼻で感じることで確認できる。
実際の薬品には主成分以外にさまざまな物質が混合している。使用した頭痛薬(「バイエルアスピリン錠500mg」)には、セルロースが含まれているため水中では白く濁る。このままでは、アセチルサリチル酸の溶解、中間生成物のサリチル酸の生成(白色結晶の析出)の確認が難しくなるため、ろ過でセルロースを取り除く作業を行った。ろ紙が目詰まりし時間がかかる面倒な作業ではあったが、実験上の必要性だけでなく、薬品に含まれる主成分とその他の成分について考えるきっかけとなった。
この回についても、本実験を行う前に、エステル化反応の練習・説明、香料の合成の分野の紹介にからめて、エタノールを酢酸によってエステル化し、パイナップルの香りがするという酢酸エチルの合成実験を行った。
写真3.濃硫酸を慎重にはかりとる参加者
なお各実験についての詳細は、別紙のテキストを参照のこと。
4.アンケート結果
第1回目の参加者19名のうち、12名が「学校を卒業した後に化学実験を行ったことがない」と答えた。過去にも本講座に参加したことのある方が約2割、新規の方が8割である。
本講座に参加しようと思った理由として最も多かったのが「化学の実験をしたかったから(15人)」であり、次いで、「おとなのための実験教室というタイトルに興味をもったから(11人)」、「実験の内容に興味をもったから(7人)」、「化学の勉強がしたかったから(4人)」という順だった。参加者の年齢は28歳から71歳の方までと幅広く、平均年齢はおよそ45歳、男女比はほぼ6:4であった。
3回の講座を終えてのアンケートでは、今回の講座で印象に残ったこととしては「化学が身近に感じられた」、「実験器具の扱いの作法はお茶や活花のよう」、「物質を見る眼が広がる」などが挙がった。今後してみたい化学実験としては、燃料電池を作る、ダイアモンドを作る、鏡を作るなど、テレビや他の科学館で見た自分でも作れるものといった具体的なリクエストから、「化学的な実験ならなんでも」という意見があった。
写真4.実験中のようす
5.まとめ
この講座には「化学実験を通して化学を考える」というテーマがあり、実験だけではなく、実験道具や薬品、化学反応の解説、関連した化学現象の紹介などを行っている。参加者からも「実験だけでは不満足」「自分が何をやったのかを知りたい」という声が多い。化学実験そのものへの興味だけにとどまらず、化学と生活、化学と自分とのかかわりについても興味を持って理解していただくために、たのしくわかりやすく興味を持続させることができる工夫に努めているつもりである。
化学を身近に、おもしろいと思えるように向けるためには、自分で実験をして現象を見ながら化学的なしくみを学び考えていく、この方法が最もわかりやすく効果的である。ところが化学実験は、特別な設備や薬品が必要で、学校を卒業してしまうとなかなか体験できないものである。おとなが化学実験をすることができる機会を提供できる施設であることを活かして、日常生活と深く関わっている化学について、それまでとは違う化学的な視点でものをみることができ、化学をたのしめる市民が増えるよう、今後も努めていきたいと考えている。
参考文献
1)岳川有紀子「化学実験講座実施報告」大阪市立科学館研究報告誌第10号(2000)
2)岳川有紀子「サイエンスショー『むらさきキャベツで大実験』実施報告」大阪市立科学館研究報告誌第12d号(2002)
3)日本化学会編「実験で学ぶ化学の世界3」(丸善株式会社)
4)岳川有紀子「化学実験講座実施報告」大阪市立科学館研究報告誌第9号(1999)
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