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■薬としてのシェラック■


月刊「うちゅう」2009年7月号 化学のこばなし(71)より


 「シェラック」は、昆虫がつくる天然のプラスチックです。昨年2008年には、4月の友の会例会のミニ講演や、6月号の月刊「うちゅう」でも岳川注目の素材としてご紹介してきました。昨年7月にリニューアルオープンした展示場3階のプラスチックエリアでも、実物資料で紹介しています。
 今回は、"薬"としてのシェラックをご紹介しましょう。

シェラックとは(おさらい)
 シェラックは、ラックカイガラムシというゴマくらいの小さな昆虫がマメ科などの樹枝に寄生し、成長する間に出した分泌物を精製したものです。寄生して半年で「スチックラック」という状態で収穫されます。小枝は分泌物でしっかり囲まれています。
 それを精製して得られるシェラックは古くはSPレコード、現在は電球の内部接着剤、花札の防湿剤などに使われるほか、チョコレートや粒ガムのコーティング材(光沢材)として食べています。詳しくは、2008年6月号の月刊「うちゅう」をご覧ください。

ラックカイガラムシ  スチックラック


正倉院にシェラック−紫鉱、種々薬帳
 シェラックは、天然由来の素材なだけあって古くから使われています。奈良にある正倉院にも1200年以上前のシェラックが、正確には「スチックラック」が保管されています。
 上の写真は科学館で保管している現代のスチックラックですが、正倉院の方が少々中心の枝が細くまわりの分泌物の付きが少ないことを除けば、そっくり同じものです。
 正倉院ではスチックラックは、「紫鉱(しこう)」という名で呼ばれています。「紫」はスチックラックをつぶすと紫色の色素が出てくることに、「鉱」はスチックラックが鉱物のように硬いかたまりになっていることに由来していると考えています。
 正倉院の「紫鉱」は天平勝宝8(756)年に行われた聖武天皇の四十九日の法要の際に、妻の光明皇太后が天皇の遺愛品とともに東大寺に奉納した60点の舶来薬物の中の一品です。これらの薬物は、「種々薬帳(しゅじゅやくちょう)」という献物した際の目録に記されています。

  2010年の正倉院展では、この種々薬帳が出展されます!
  「紫鉱 六十斤」の文字を探してみてください!

 正倉院の説明では、「東南アジアに生息するラックカイガラムシが小枝に分泌した樹脂。薬用の用途は浄血剤など」とあります。当時シルクロードを通ってインドやタイのような遠い国から届けられたこうした薬品は、権力者たちも大切に扱う価値があったことがわかります。
 実際の効能はまだ不明ですが、現代の漢方薬辞典(「新訂和漢薬」(医歯薬出版株式会社,1970年))にも「紫鉱」が載っています。作用としては、止血、産後血運(出産後の血の巡りをよくする)、五臓邪気(内臓の働きをよくする)などが書かれています。

 正倉院のホームページでは宝物検索ができます。キーワードとして「紫鉱」や「種々薬帳」を入力すると、それぞれの宝物の写真と簡単な説明を読むことができます。

(2010.10.08.更新岳川有紀子


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