ヒッグスが分かる展示

 

2012/07/03   
2012/07/08改定
2013/10/01改訂
 記: 斎藤吉彦

 2012年7月4日、スイスにあるCERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)が「ヒッグス粒子らしき新粒子を発見した。」と発表しました。翌日の朝刊一面トップに「ヒッグス粒子発見、万物の質量の源」と報道されるなど、大ニュースとなっています。ヒッグス粒子とは、この発表までは「神の粒子」と報道されていたもので、万物に重さの種を与える粒子で理論的に予言されていたもの。その候補となる未知の粒子が発見されたのです。多くの物理学者はヒッグス粒子で間違いないと言っているそうですが、CERNはまだ実験を続ける必要があると慎重で、"Higgs within reach"と表現されています。
 ヒッグス粒子はヒッグス場からある手続き(場の量子論)で導かれるものなのですが、そのヒッグス場とそっくりな現象が方位磁石をたくさん集めると観察できるのです。大阪市立科学館には「磁石のテーブル」という方位磁石を1000個並べた展示装置があって、いつでもこの現象を観察することができます。「磁石のテーブル」で遊んで少し考えるだけでヒッグス粒子のことが分かるので、ここでは、「磁石のテーブル」の写真や動画でヒッグス粒子を解説しましょう。


磁石のテーブル
右上の方位磁石を1000個敷き詰めたもの

方位磁石でクイズ

 では、方位磁石のクイズです。だんだん難しくなりますが、頑張ってください。

問題1.
方位磁石は北を向きますが、図のように方位磁石を近づけて並べると、磁石同士が作用して北を向きません。さて、どのようになるでしょうか?答え 



問題2
図のように3個くっつけて並べた場合は? 答え

 

問題3
図のように4個くっつけて並べた場合は? 答え



問題4
図のように5個くっつけて並べた場合は? 答え



問題5
図のように6個くっつけて並べた場合は? 答え



問題6
図のように7個くっつけて並べた場合は? これはかなりの難問です。答え


問題6
1000個くっつけて並べた場合は? これはアインシュタインの様な大天才でも無理。予想するにはコンピューターを使って計算するしかありません。でも、大阪市立科学館の展示、「磁石のテーブル」で実験すれば一目瞭然、かんたんに分かります。
答え

この答えには、神の粒子のエッセンスが詰め込まれています。大阪市立科学館で実験できる人は確かめてください。次にそのエッセンス「自発的対称性のやぶれ」を説明しましょう。

自発的対称性の破れ
 方位磁石は多数集まると、魚群のように、四方八方どの向きでもいいから、全てがある方向に揃おうとするのです 。物理学者はこの属性を「『どの向きでもいい』という対称性がある」といいます。人間社会にも似たような現象がたくさんあります。人は多数に従いたいという習性があるようで、例えば、ヘアースタイル。長髪がはやったり、カリアゲがはやったり。どんなヘアースタイルでもいいのです。とにかく、みんなのスタイルに合わせたいのでしょう。「『どんなヘアースタイルでもいい』という対称性がある。」と物理学者は言うのです。「左右対称」の「左と右が同じ」というイメージを膨らませて、「方位磁石がみんなで揃って向きたい方向は、四方八方あらゆる方向区別なく同じ」にまで「対称」のイメージを拡大させましょう。

 方位磁石は集団になってどの方向でもいいから揃いたいので、実際に近所同士ある方向に揃います。


方位磁石の向きをあっちこっちでたらめに運動させても、次の動画のように、しばらくすると近傍で同じ向きに揃います。



方位磁石には「揃って同じ向きを指したい」という性質(対称性)があるから落ち着くのです。この同じ向きに揃った状態を「自発的に対称性が破れた状態」と呼びます。何度繰り返しても、方向は異なりますが、とにかく集団でどこかの方向に揃います。これが「自発的対称性の破れ」というもので、次に説明しますが、質量の起源を与える概念で、南部陽一郎博士が2008年にノーベル賞を受賞された理論なのです。それで、南部博士は「磁石のテーブル」を訪ねて大阪市立科学館へ来られたのです。2005年はこちら



左から南部先生、斎藤、高橋館長
2010年6月16日@大阪市立科学館展示場4階

質量の起源
 さて、「素粒子がどのようにして質量を得るのか?」という素粒子論の大テーマを「磁石のテーブル」で考えることにします。
 下の図左側は、強力な磁石で方位磁石の向きをバラバラにしたとき(A)と、それが落ち着いて魚群のようになった時のもの(B)ですが、この中で小さな鉄を動かすことを考えましょう。この思考実験が素粒子の質量起源をイメージさせてくれます。
 Aのように方位磁石がバラバラの時は、方位磁石がお互い磁力を打ち消しあうので、鉄は方位磁石に作用されることなく自由に動くことができます。一方、Bのように方位磁石の向きが揃っている場合は、方位磁石は集団で同じ向きに揃っていたいので、右図@Aのように集団で鉄の動きに引きずられることになります



 それで、鉄は方位磁石集団から大きな反動を受けて動きにくくなります。動きにくいということは質量が大きいということです。例えば、軽いものは簡単に動かせますが、ピアノや自動車などは、動かすには大きな力が必要で、動きにくいですよね。つまり、鉄は向きの揃った方位磁石集団との作用によって質量を得るのです。これが対称性の破れによる質量起源で、このようなメカニズムで素粒子は質量を持つと考えられています。

 それでは、素粒子の質量起源について説明しましょう。現代素粒子論では方位磁石群と似たヒッグス場というものを仮定し、この宇宙は自発的に対称性の破れたヒッグス場で埋め尽くされていると考えます。すなわち、宇宙はヒッグス場というものが向きを揃えて満ちているとするのです。さて、向きの揃った方位磁石群が鉄の運動を妨げたように、向きの揃ったヒッグス場が素粒子の運動を妨げるのをイメージして下さい。鉄が方位磁石群の中で重くなるのと同じように、素粒子は質量を得ることになります。このことを「ヒッグス場の対称性が自発的に破れて素粒子が質量を獲得した。」と表現します。これが素粒子の質量起源なのです。

ただし、ヒッグス場はまだ仮説です。その証拠を探る実験が2008年からスイスにあるCERN(欧州合同素粒子原子核研究機構)で続けられてきました。下の写真がその実験が行われているところ。


LHC(大型ハドロン衝突型加速器)。図示された円形軌道(全周27km)のトンネル内で、陽子をほぼ光速まで加速し(7TeV)、正面衝突させる。その時の反応からヒッグス場の証拠を探す。背景にアルプス山脈が見える。(c)CERN

「ついにヒッグス場の証拠を掴んだか?」というのが冒頭の「神の粒子」、ヒッグス粒子のことなのです。 陽子同士が衝突してヒッグス粒子が生成されるのですが、これを見ることはできません。ヒッグス粒子が崩壊してできる既知の粒子が理論の通りに出現するかどうか、CERNがその最新のデータを発表したのです。素粒子の質量起源の仮説が証明されたと言っていいのでしょうか? 「自発的対称性のやぶれ」は限りなく真理に近づいたようです。地動説に匹敵する科学革命として歴史に君臨する日は近いようです。

ただし、われわれの身の回りの万物の質量にはもうワンステップが必要です。上記のように質量を得た素粒子が、対になって「自発的対称性のやぶれ」で、さらにけた違いに重くなるのです。陽子や中性子の質量はこのメカニズムによるものがほとんどです。我々の身の回りにある万物の質量の大部分はこのようにして得られるのです。ですので、上で説明した素粒子の質量起源は、万物の質量の種なのです。(参考「自発的対称性の破れ」と南部理論

 次のようなミニブックが大阪市立科学館にあります。磁石の基本から楽しく書いています。参考にしていただければ幸いです。



大阪市立科学館ミュージアムショップで好評発売中(200円)
目次・まえがみ・あとがき

場と粒子
 
現代物理学では、場が与えられると、ある手続きを経て場に粒子的な描像が与えらる(場の量子論)。電磁場から光子が、重力場から重力子(グラビトン)、格子振動の場からフォノン、など。たとえば、電磁場の場合、空間のある点pとqの電場の値がE(p)、E(q)であったとする。常識では
 E(p)E(q)−E(q)E(p)=0
であるが、場の量子論ではあるルールを仮定して、一般にはこれが成立しないとする。量子力学の場合は位置と運動量にこのような関係を設定するが、これを場の場合に拡張するのである。
 この手続きのおかげで、粒子が生成したり消滅したりする現象を扱うことができるようにる。現代科学技術において電子などの振る舞いを扱うミクロ二分野では、量子力学は避けることのできない重要な理論体系であるが、量子力学では電子など粒子の生成消滅を扱うことができない。そこで、電子の波動関数を場として、上記の手続きで生成消滅が可能な粒子的描像が与えられる。ヒッグス場に粒子的描像(ヒッグス粒子)を与えるのも同様である。

「神の粒子」という呼称
 物理学者の多くはこの呼称を嫌っているそうです。欧米で「神」と言えば唯一唯一の絶対的な存在。よろずの神がいる日本とは違い、「神の粒子」と言えば全ての粒子の根源的な意味を持つのでしょう。しかし、ヒッグス粒子で、すべてのことが解決するのではありません。ダークマターなど、まだまだ理解できていないことが山積み。ヒッグス粒子の発見で、物理学者は標準理論という一つの道しるべを確認したということでしょう。大栗博司先生の「強い力と弱い力」でこのことを知り、タイトルと本文の一部を改訂しました。2013/10/01


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