月の砂レゴリスと月面探査

「それは明るい太陽のもとで、たくさんの小さなダイヤモンドをちりばめたようにきらめいていた。」 
                −ジーン=サーナン(最後のアポロ宇宙飛行士)−

月の砂レゴリスのひみつ

 2005年4月6日付Hotwired発 「月面基地計画、最初の障害は「月の塵」?」 で、月面基地計画が実施された時、月の粉塵が大きな障害となるかもしれない、と報じられました。

 問題となっている"月の粉塵"とは一体どんなものでしょうか?

1. 月面は砂の世界

 月は岩がむき出しのゴツゴツした世界。 そんなイメージがありませんか?でも実は月は「砂の世界」なのです。

 人類は月面におり立つ前から月が砂に覆われていることを知っていました。 岩がむき出しの場合、たまたま岩に対して真正面から太陽光線が当たった瞬間だけ、鏡のようにピカッと光ることがあります(遠くの岩山が妙に明るく光っているのを見たことがあるでしょうか?)。
 ところが月を観察していても、あちらこちらがピカピカと点滅することがありません。これは岩の表面が細かい砂によって覆われていることを示しています。
 月の表面を覆う砂のことをレゴリス(regolith)といいます。

 砂の厚さは「高地」と呼ばれる比較的古い地形のところで20〜30m、「」と呼ばれる比較的新しい地形のところで2〜8m、最も新しいクレーターの周辺では数cm、と考えられています(アポロ計画前には着陸船や宇宙飛行士が砂に埋もれてしまうのではないか、と真剣に心配されました)。
 新しい地形ほど砂が少なく、古い地形ほど砂が多い、ということは、月の砂レゴリスが月の歴史の中で常に作り出され、だんだんと積もってきたことを示しています。

2. レゴリスはどうしてできた?

 ではどのようにしてレゴリスは作られたのでしょうか。レゴリスのなりたちを考えるとき、月と地球の違いが大きな意味を持ってきます。 月には大気液体の水と、そしてプレート運動がありません。これがレゴリスを生み出した要因なのです。

 地球にしろ月にしろ、常に宇宙から微小粒子(ちり)が降り注いでいます。 大きさは爪の先ぐらいの小さなものですが、スピードは秒速5〜10kmというとてつもないものです。 ぶつかったときの衝撃はスペースシャトルの船体に小さな穴をあけてしまうほどです。
 地球の場合は大気がありますので、これらの高速微粒子は上空で燃え尽き(※これが流れ星の正体です)、地面まで届くことはありません。
 ところが月の場合は大気がありませんので、高速微粒子が直接月面にぶつかってきます。その衝撃によって月面の岩が削りとられたものがレゴリスなのです。レゴリスの粒の大きさはおよそ50μm(1mmの20分の1)。レゴリスにはガラスの粒子、岩の破片、鉄粉が含まれています。ガラスは衝突の衝撃によって岩の表面が溶け、再度急速に固まったものです。
 地球の場合、このような細かい砂は水に流され、粘土として集められます。それが長い年月の中で堆積岩という岩に変わり、やがてプレート運動によって地球内部に運ばれると溶岩に生まれ変わります。
 月には水もプレート運動も無いため、レゴリスは一度作られると、ひたすら積もりつづけてしまうのです。

3. 月面生活を支えるレゴリス

 レゴリスは非常に細かく、電気を帯びやすく、磁石にもくっつく、というやっかいな性質を持っています。そのため、アポロ宇宙飛行士は非常に苦労しました。払っても払っても宇宙服にまとわりつき、精密な実験装置にも入り込んで故障を引き起こしたのです。

 しかしながら未来の月面生活では、このレゴリスは非常に重要な役割を担うはずです。レゴリスは酸素、水、金属の原料となり、居住施設の建築材料となり、月面生活者を守る防御壁となるからです。
 月には空気がありません。液体の水もありません。といって、生活に必要な水や酸素を全部地球から持っていくのは大変です(1kgあたり200万円のコストがかかりますので、お風呂1回分約400kgの水道代がなんと8億円!です)。

 レゴリスは重さの比率で約45%が酸素からできています。 もちろん空気としてではなく、金属類とがっちりと結びついた化合物として存在します (SiO2, TiO2, Al2O3, FeO, MgO, CaO, FeTiO3, CaAl2Si2O8など)。またほんのわずか(50ppmほど)ですが水素も含まれています。この水素は太陽から吹いてくる風(太陽風)に含まれていたものです。
 レゴリスを700℃に熱すると水素が回収できます(1gの水素を回収するのに20kgほどレゴリスが必要です)。 さらに、その水素を1000℃以上でレゴリスと反応させると、水素がレゴリスの中の酸素と結びつき、レゴリスを水(H2O)と金属類に分けることができるのです。 こうして作られた水を電気分解すれば酸素ができます。

 以上のプロセスでは多大なエネルギーが必要ですが、晴れ続きの月面では太陽光発電によって十分な電気エネルギーを得ることができます。
 太陽光発電装置に必要な材料(シリコン)もレゴリスから取り出せますし、レゴリスを水と混ぜて焼き固めれば丈夫な建材になります。建物をさらに厚さ3mのレゴリスで覆えば、微小粒子の衝突や放射線から建物や人を守り、室温の変化を穏やかにすることもできます(月面は−150〜100℃と激しい温度変化をしています)。

 やっかいもののレゴリスは一方で、月面基地建設に無くてはならない、宝の砂なのです。

2005.4.8記(石坂

【天文・宇宙】の話題
科学あれこれ
ホームページへ