アフタヌーン・レクチャー第1シリーズ

相対論的宇宙論入門〜ビッグバンの正しい間違え方〜【1】


2005年9月2日(金)14:00〜15:30

『無限というのは直観で理解できるものではない。自分が「無限」ということを直観で分かるほど理解しているとは思わないでほしい。』(S.F.オデンワルド)

0.このレクチャーの目的

 相対論的宇宙論を"正しく"理解するのは難しい。 人が何かを「理解する」とは、自らの体験や日常生活における常識との類推(イメージ)によって物事を捕らえることであるが、 宇宙において起きる現象、特に今回扱う「ビッグバン」はたった一度だけ宇宙で起きた現象であり、他に類するもののない現象であるため、 これを理解しようとすると甚だしい困難にぶつかり、 大きな誤解(たとえば、「ビッグバンは大爆発である」「宇宙には果てがある」「銀河は高速で後退しているのでドップラー効果により波長が伸びる」など)を招く原因となる。

 本レクチャーでは、誤ったイメージにもとずく「間違った理解」をするよりは、 「その理解の仕方が間違っている」ことを理解する方がはるかに価値がある、と考え、 相対論的宇宙論とりわけ誤解の多いビッグバンの正しい理解を目指すことを目的とする。

1.『宇宙論』"cosmology"とは?

 宇宙論は宇宙の起源と全体としての進化(時間的推移)を研究する学問:すなわち「宇宙がいつどのようにして始まり、どのようにして現在の姿になったのか?」を調べる学問である。

 ちなみに、「宇宙」という言葉は紀元前2世紀の淮南子(えなんじ)に「宇四方上下也 宙往古来今也(宇は空間、宙は時間)」とある。 すなわち、宇宙とはまさに『時空』のことである。

 「宇宙」は日本語では「宇宙」だけだが、英語では、space(人類が到達しうる地球近傍の宇宙空間)、 universe(さまざまな天体が織り成す森羅万象、またその天地万物)、 そして cosmos(universe の背後にある秩序、調和)という3種類の言い方がある。
 それぞれについて扱うのが space technology(宇宙技術、宇宙開発)、astronomy/astrophysics(天文学/天体物理学)、 そして cosmology(宇宙論)である。宇宙論は宇宙に遍く秩序(法則)を扱うものである。


2.古代の宇宙観「宇宙の創成」

 宇宙に関する知識がなかった頃、人々はどのように宇宙をとらえていたのだろうか?
 神話の世界では宇宙の創成は神によってなされていたが、 そのシナリオには驚くほど現代宇宙論との類似点(有限の昔に始まりがあった点、混沌とした状態から宇宙が始まった点、など)が多い。

■北方ユーラシア〜北アメリカの神話
 神が原初海洋の中から土を取って来させ、大地を創造された。

■ギリシャ神話
 大地の女神ガイアはカオス(混沌)から生まれ、ガイアが天空ウラノスを産み落とした。

■日本書紀
 古に天地いまだ剖れず、陰陽分かれざりしとき、渾沌れたること鶏子の如くして、ほのかにして牙を含めり
 cf. 淮南子「天地未剖 陰陽不判 四時未分 万物未生

インドの宇宙観(展示場4階):ウロボロスのヘビにのる須弥山世界 ■創世記(旧約聖書)
 始めに神が天地を創造された。地は混沌としていた。暗黒が原始の海の表面にあり、神の霊風が大水の表面に吹きまくっていたが、神が「光あれよ」と言われると光ができた。神は光を見てよしとされた。

■インドの宇宙観
 輪廻転生する永劫の時、と刹那に存在する現世:インドの宇宙観は定常宇宙論やブレーン宇宙と通じるものがある。


3.科学的宇宙観の変遷

 科学的な知識を得ることによって宇宙観は変遷していったが、常に神や理想との"戦い"があった。

■アリストテレス的宇宙(紀元前4世紀):九天説=天動説(地球中心説)
 →プトレマイオス(2世紀)以後1000年以上、世界の「常識」となった。

■アリスタルコス(紀元前3世紀):古代の地動説(太陽中心説)
  太陽は月よりもはるかに大きく、地球よりも大きい。そんな太陽が地球の周りを動くはずがない。

■コペルニクス(1473-1543)「天体の回転について」(1543)
 哲学的理想論「天は完全であり美しい」→太陽中心説を提唱

■ジョルダノ・ブルーノ(1548-1600):キリスト教との対立→焚刑
  コペルニクス説を伝道、「恒星=宇宙に浮かぶ無数の太陽

■ティコ・ブラーエ(1546-1601):観測的権威、でも天動説
  太陽は地球の周りを回り、惑星は太陽の周りを巡る。

■ヨハネス・ケプラー(1571-1630):不遇の天文学者
 宇宙は球や円から出来ているわけではない:太陽系の惑星に関する第1法則「惑星の軌道は楕円である」

アインシュタイン像(展示場4階) ■ガリレオ・ガリレイ(1564-1642):地動説の確信と挫折
  天体望遠鏡を使って天体を観測→天は神の領域ではない。

■I.ニュートン(1643-1727):万有引力の発見、無限宇宙の導入

■A.アインシュタイン(1879-1955):相対性理論(特殊、一般)
 ・特殊相対論(1905年):何者も光速を超えることができない
            質量とエネルギーとは等価である(E=Mc2
 ・一般相対論(1915年):重力とは空間のゆがみである
 →宇宙の方程式:相対論的宇宙論(1917年)


★参考文献:

二間瀬敏史「なっとくする宇宙論」(講談社)
佐藤文隆「いまさら宇宙論?」(丸善)
C.H.ラインウィーバー&T.M.デイビス「ビッグバンをめぐる6つの誤解」 (日経サイエンス2005年6月号)
S.F.オデンワルド「宇宙300の大疑問」(講談社ブルーバックス)
S.ワインバーグ「宇宙創成はじめの三分間」(ダイヤモンド社)
B.グリーン「エレガントな宇宙」(草思社)


※宿 題:宇宙におけるサイズを比較してください


  1. 地球の直径:約13000km
  2. 太陽の直径:約140万km
  3. 太陽―地球間の距離:約1億5千万km
  4. 太陽系の大きさ:約100天文単位
  5. 最も近い恒星まで:約4.3光年
  6. 銀河系の中心まで:約26000光年
  7. 銀河の直径:約10万光年
  8. アンドロメダ銀河まで:約230万光年
  9. おとめ座銀河団まで:約6000万光年
  10. 銀河団A1689まで:約22億光年
  11. 発見された最遠の銀河まで:約120億光年


相対論的宇宙論入門【2】

石坂千春のページ


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