なにわの天文・史跡めぐり




写真:口縄坂の上から西をみる(天王寺区夕陽ケ丘町)


★大阪は日本最初の夕陽の名所★
 最近、大阪のウォーターフロント・天保山あたり一帯が夕陽の名所としてアピールされ、夕方になると多くの人で賑わっています。
 しかし、大阪の夕陽の名所はこれが最初ではありません。大阪は古代から夕陽をながめる景勝地として知られていたのです。
和歌の世界をみてみると、「なにわ」にかかる枕詞の一つに「押し照る」があり、「押し照るなにわの国」とか「押し照るなにわの碕」というような表現がされています。

 夫木     押してるや なにわの国に夏の来て 葦の茂みは行く船もなし  伊嗣
 弘安百首   おし照るや なにわの崎の春なれや 葦の若葉も霞み居にけり  忠通

「押し照る」は一面が光輝という意味です。 この表現は古く万葉の時代から使われており、上町台地からながめた大阪湾が夕陽で一面に光り輝く様をあらわしているのです。
 大阪市内の中央部を南北に走る高台「上町台地」は、古代大阪のウォーターフロントで、かつて台地の西側が大阪湾の海岸線でした。ですから海岸沿いである上町台地一帯に立ち、西をながめると、目の前の海の向こうには遠く淡路島や泉州、須磨といった景色が広がり、夕方になると西の海に沈む夕陽を眺めることができたはずです。
 古代、上町台地に難波宮がおかれるなど大和政権の海路の窓口として栄えた大阪の地。そこで人々が見た風景から「押し照るなにわの国」という表現が生まれたのだと考えられます。大阪は日本最古の夕陽の名所だったのかもしれません。
 そして平安時代ころになると、四天王寺付近一帯が夕陽信仰の中心地として注目を浴び、 夕陽丘 という地名も誕生することになります。