長谷川能三のHP研究報告誌  大阪市立科学館研究報告8,131-(1998)



「半導体・半世紀」実施報告


長谷川 能三

大阪市立科学館


概要
 1947年12月、アメリカのJ.バーディーンとW.ブラッタンがトランジスタを発明した。 これをきっかけにして半導体産業はめざましい発展遂げ、現代社会にとって半導体は欠くことのできないものとなっている。 そこでトランジスタ発明50年を機に、特別陳列・特別講演会・科学教室を行なったので報告する。

1.はじめに
 トランジスタの発明までは、信号増幅には真空管が用いられていた。 しかし、真空管には、電力消費が激しい、フィラメントに寿命がある、大きいといった欠点があった。 そのため、アメリカ電信電話会社(AT&T)のベル研究所でも、真空管に代わる固体素子の開発が行なわれていた。 そんな中、半導体の表面について研究していたバーディーンとブラッタンが、半導体表面に2つの電極を非常に接近させて取り付けることにより信号増幅できることを発見したのは、1947年12月であった。 この増幅器はトランジスタと名付けられ、1948年6月に発表された。 後に、点接触型と呼ばれたこのトランジスタは、動作が不安定であまり実用的ではなかった。 しかしその後、接合型トランジスタや電界効果型トランジスタが発明され、やがてトランジスタが真空管に取って代わることとなった。
 さらに、ひとつの半導体結晶の上にたくさんのトランジスタを集積する技術が確立し、現代ではほとんどの家庭電化製品にICやLSIが使用されている。 しかし、あまりにも集積密度が高くなり、複雑なことまでできるようになったために、かえって半導体素子がブラックボックス化してしまっている。
 そこで、今回の事業では、展示・講演会・教室を通じて、いかに私たちの生活が半導体素子によって支えられているかを認識していただき、その仕組みの一端に触れることにより、コンピュータもブラックボックスではないのだと実感していただき、また、トランジスタ発明から半世紀の間に、どのように半導体産業が発展してきたのかを見ていくことを目的とした。

2.特別陳列「半導体・半世紀〜トランジスタ誕生50年展〜」
 1997年11月29日(土)〜1998年1月18日(日)に、地下1階アトリウムおよび展示場内において、「半導体・半世紀〜トランジスタ誕生50年展〜」を行なった。 当初、展示場内では、展示場4階と3階の科学プラザ東端に分散して展示していたが、科学プラザ東端は来館者の目に留まりにくいということで、会期途中から展示場4階に集約して展示した。
 
2-1.展示意図
 この展示では、まず最初に、私たちの生活がいかに半導体素子によって支えられているかを導入部分で実感していただこうと考えた。 その上で、これらの半導体素子がどのようにして作られるか、またこれまでどのようにして発展してきたのかを、資料を通して感じとっていただくことを目的とした。
 
2-2.展示内容
 展示は5つの部分で構成した。それぞれの内容は以下の通りである。
 2-2-1.現代生活を支える黒いムカデ
 ここでは私たちの生活がいかに半導体で支えられているかを知っていただくために、身近な家電製品を分解し、内部が見えるようにしつつ、なるべく元の製品状態がわかるように展示した。 展示した製品は以下の通りである。 これらの製品の多くは、旧型で不要になったものを利用したが、かえって半導体素子の集積度が低いために素子数がかなり多いものもあった。
パーソナルコンピュータ本体
パーソナルコンピュータのキーボード
パーソナルコンピュータ用ディスプレイ
カード電卓
ポータブルCDプレーヤー
携帯電話
ディジタル腕時計
ヘッドフォンステレオカセット
携帯型電子ペット
CCD
CDプレーヤー
ビデオデッキ
赤外線リモコン
テレビゲーム
テレビ
 
写真2.現代を支える黒いムカデ
 
 2-2-2.新・石器時代
 「現代を支える黒いムカデ」で見た半導体素子のほとんどは、もとをたどれば珪石という石からできている。 そこで、珪石から半導体素子にいたる過程を、途中の物質・製品を並べることにより見ていただいた。 展示資料は以下の通りであるが、シリコン単結晶は、現在主流の直径8インチ(約20cm)、長さ1m程度のものは全体を展示することが困難だったため、実物の一部と全体像の写真を展示した。 また、EPROMは消去可能なROMで、紫外線による消去の窓が付いているために、半導体素子内部を観察するのに適していた。
珪石※1
シリコン塊※1
化学精製シリコン※1
多結晶シリコン※1
単結晶シリコン(ヘッド部)※1
単結晶シリコン実物大写真※2
シリコンウエーハ(酸化膜のみ)※1
シリコンウエーハ(パターン付き)※1
EPROM
LSI
 
写真3.新・石器時代
※1は、三菱マテリアルシリコン株式会社より借用
※2は、千葉県立現代産業博物館より写真提供
 
 2-2-3.トランジスタを世に広めたラジオ
 一般にトランジスタからまず連想するのは「トランジスタ・ラジオ」ではないかと思われる。 そこで、ここではトランジスタ・ラジオの登場とそれ以前を紹介した。
 世界で初めて市販されたトランジスタ・ラジオは、アメリカの Reagency TR-1(1954年)で、日本では翌年の1955年に東京通信工業が市販した sony TR-55 が最初だった。 当時、真空管式のポータブルラジオもあったが、トランジスタ・ラジオと比較することにより、ポータブルといっても大きく、電池も大型で高電圧のものが使われていたことがわかる。 また、実際の使用にあたっては、真空管は球切れを起こすという欠点もあった。
 また、日本で初めてトランジスタ・ラジオを市販した東京通信工業は、もともとテープレコーダー開発・製造・販売していた会社である。 テープレコーダーの開発がひと段落したために、トランジスタの開発に乗り出したのだが、トランジスタ・ラジオの発売に合わせ、Sony という愛称を使い始めた。 その後東京通信工業は、会社名を Sony に改名している。
 このコーナーでは、このような時代の流れを示す以下の資料を展示した。
真空管式ポータブルラジオ
67.5V積層電池(真空管式ポータブルラジオ用)
真空管式テープコーダー (東京通信工業)
東京通信工業のトランジスタの広告
トランジスタラジオ Reagency TR-1
Reagency TR-1 回路図
Reagency TR-1 広告
トランジスタラジオ sony TR-55※3
sony TR-55 回路図
sony TR-55 広告
 
写真4.トランジスタを世に広めたラジオ
※3は、ソニー株式会社より借用
 
 2-2-4.電卓〜電子式卓上計算機〜
 計算機の発達も、半導体産業の発展と大きなかかわりがある。 半導体素子を用いない計算機としては、そろばん、計算尺、歯車式手回し計算機、歯車式電動計算機、リレー式計算機などがある。 電卓(電子式卓上計算機)としては、イギリスのアニタ・マーク8が世界で最初に市販されたものであるが、内部の電子部品には真空管が使われていた。 トランジスタを用いた電卓では、早川電機のコンペットCS-10A が世界初である。 その後、半導体素子はIC、LSI、超LSIと集積度を増し、電卓のサイズもカード型まで小さくなった。
 このコーナーでは、多くの計算機を展示することにより、このような計算機の発達の過程で特にサイズの変化を見て取れるようにした。
そろばん
計算尺
計算尺(円形)
手回し式機械計算機
電動式機械計算機
トランジスタ電卓・コンペットCS-10A(早川電機)※4
トランジスタ電卓・キャノーラ120(キヤノン)
IC電卓・キャノーラ1200(キヤノン)
LSI電卓・キャノーラL121F(キヤノン)
ポケット電卓・カシオミニ(カシオ計算機)
カード電卓
※4は、シャープ株式会社より借用
 
写真5.計算道具
写真6.電卓〜電子式卓上計算機〜
 
 2-2-5.マイクロプロセッサからコンピュータへ
 計算機の発達の過程で、汎用的に計算を行なうことができるマイクロプロセッサが開発された。 しかしこのマイクロプロセッサは、その後電卓ではなくパーソナル・コンピュータに使用されるようになり、発達を続けている。
 ここでは、主なマイクロプロセッサとパーソナル・コンピュータを展示した。
4004プロセッサ(インテル)
8086プロセッサ(日本電気)
Z80プロセッサ(ザイログ)
80286プロセッサ(インテル)
486プロセッサ(インテル)
ペンティアムプロセッサ(インテル)
ペンティアムプロセッサ内部
ペンティアムIIプロセッサ(インテル)
Z80ワンボードマイコン
PC-8001 MK2(日本電気)
PC-8801(日本電気)
PC-9801(日本電気)
PC-286(エプソン)
PC-9801 note(日本電気)
 
写真7.コンピュータ
2-3.考察
 今回の展示では、特にスペースを限ったり、特別な観覧料は取っていないので、いったいどのくらいの観覧者があったのかはわからないが、中にはわざわざこの展示を見るために来館された方もおられた。
 しかし展示できなかった資料も多くのこっており、また解説が不十分なまま展示したものもあるなど、十分に意図を反映した展示にはならなかったのが残念であった。

3.特別講演会「半導体・半世紀〜誕生から現代まで〜」
 講演会では、トランジスタ誕生から半導体産業黎明期にかけての話と、現在の先端の技術の2テーマに限って行なった。
 
3-1.日時および参加人数
 12月13日(土) 13時30分〜16時30分 参加53名
 
3-2.講師
 菊池 誠 氏 (東海大学 工学部 教授)
 南谷 崇 氏 (東京大学 先端科学技術センター 教授)

 菊池誠氏は、トランジスタが発明された当時、ちょうど通産省電気試験所に入所し、研究を行なっておられた。 また、半導体産業の歴史を客観的に調査されておられる。 そこで今回の講演会では、トランジスタの誕生から半導体産業黎明期にかけての講演をお願いした。
 南谷崇氏は、非同期式マイクロプロセッサの開発に携わっておられる。 現在のマイクロプロセッサは同期式が主流であるが、演算速度がほぼ限界になっている。 非同期式マイクロプロセッサは、この限界を超える手段のひとつとして期待されている。 そこで講演会では、半導体素子のこれからの可能性のひとつとして、非同期式マイクロプロセッサについて講演をお願いした。
 
写真8.講演会・菊池 誠 氏写真9.講演会・南谷 崇 氏

4.科学教室「コンピュータから作るアクセサリー」
 
4-1.目的
 コンピュータは、パーソナル・コンピュータという形で一般家庭にも浸透してきているが、直接目に見えない形で多くの家庭電化製品に用いられ、現代の生活を支えている。 このようなコンピュータの仕組みを完全に理解することは非常に難しく、ほとんどブラックボックスと化している。 このため、昔の家電製品やおもちゃは仕組みがよくわかったが、最近のものは…という声もよく聞く。
 そこで、コンピュータの基本である論理回路を学習するとともに、古くなったコンピュータを徹底的に分解し、その頭脳にあたる半導体チップをアクセサリーに加工することを通して、コンピュータに対する恐怖心を取り除き、理解に供することを目的とする。
 
4-2.対象
 中学生以上。
 但し、1日目は平日のため、実質上、対象は大人となる。
 
4-3.日時および参加人数
 1997年12月5日(金)14時〜16時参加9名
 6日(土)14時〜16時参加10名
 
4-4.内容
 教室では、コンピュータの分解、半導体素子の観察、論理回路の学習、アクセサリー加工の順で行なった。
 4-4-1.コンピュータの分解
 まず、5人程度のグループで、今では旧型となってしまったコンピュータを徹底的に分解していただいた。 今回分解したコンピュータは日本電気製 PC-8801 MarkII SR で、1980年代前半のパーソナル・コンピュータである。 グループごとに、ドライバーやペンチなど工具一式とコンピュータ一台を用意したが、参加者は物怖じして、あまり手を付けようとしなかった。 しかし、旧型で使い道がない、誰にも怒られないことを念押しすることにより分解が始まると、時間を忘れて徹底的に分解し、グループで一式の工具では不足するくらいであった。
 
 4-4-2.半導体素子の観察
 コンピュータを分解することにより、その中には形や大きさがさまざまな半導体素子がたくさん使用されていることがわかった。 しかし、これらの半導体素子は堅い樹脂で覆われているために、外観は観察することができても、中にパッケージされているシリコンチップを直接見ることはできない。 そこで観察用には、EPROM(書き換え可能なROM)を用意した。 このタイプの半導体素子は、書き込んだ情報を消すために紫外線を照射する窓がついており、貼ってあるシールをはがすだけで内部を観察することができる。 さらに、窓を付けるためか、樹脂パッケージではなく、セラミクスをパテのようなもので貼り合わせた構造になっている。 このため、パテの部分にマイナスのドライバーをあて、ハンマーで軽く叩くと、簡単にシリコンチップを露出させることができる。 このシリコンチップを顕微鏡で観察した。
 
 4-4-3.論理回路の学習
 現在のコンピュータでは、クロック制御によって演算を行なっているので、実際の仕組みはもっと複雑であるが、今回は一番基礎となる論理回路をリレーを用いて論理回路を学習した。 その上で実際にリレーで組み立てた2進数和算回路の動作を確認した。
 
 4-4-4.アクセサリーの製作
 当初、半導体素子からシリコンチップを取り出すことから参加者にしてもらうことを考えていたが、半導体素子のパッケージング樹脂は結構堅く、時間がかかるだけでなく、比較的もろいシリコンチップをきれいな形のまま取り出すのは難しかった。 そこで、樹脂パッケージングではなく、セラミクスパッケージングされたEPROMを使用することにした。 それでもシリコンチップきれいに取り外すのは難しく、今回、いろいろなメーカーのEPROMを試した結果、三菱製EPROMはシリコンチップを金属板の上に接着してあるために、比較的取り外しやすかった。
 アクセサリーは、七宝焼用のアクセサリー台座に起毛紙を貼り付け、取り外したシリコンチップをのせた状態で透明樹脂で固めた。 アクセサリー台座は、参加者の希望に応じ、ペンダントトップ、キーホルダー、ネクタイピンを用意した。
 
 4-4-5.考察
 今回の教室は、「半導体・半世紀〜トランジスタ誕生50年展〜」に合わせて行なったが、展示期間の初めであったため、展示によるアピールは少なかった。 参加者が少なかったのは、このあたりにも原因があると思われる。 また、金曜日と土曜日の2日間教室を行なったが、金曜日には平日でも参加できる方、土曜日は平日参加できない方(学生を含む)と振り分けができた。 現在、土曜・日曜の事業は飽和状態に近く、こうすることにより、土曜・日曜の事業のニーズに対応しつつ、平日にも行なうことができた。 今後も、このようなスケジュールで事業を行なうメリットはあると考えられる。

5.まとめ
 トランジスタの発明から現代までの間にわれわれの生活に大きな影響を与えた半導体について、例えば展示を行なうだけではあまりにも伝えられる内容が限られると思われた。 そこで今回、特別陳列・特別講演会・科学教室を行なったが、まとめて事業を行なうことはたいへんであった。 しかし、展示・講演会・教室は、内容を伝える手段としてそれぞれ特色を持っており、複数の行事を一時期に行なったことは、多面的に物事をとらえる効果が大きかったと思われる。 一般の来館者から感想をお聞きすることは少ないが、友の会の会員で複数の事業に参加した方の様子では、相互に事業内容を結びつけ、より理解が深まったようである。
 しかし、半導体産業は日本を支える産業のひとつまでなったにもかかわらず、トランジスタ発明50周年に関する行事は他であまり行なわれていなかったようで、非常に残念である。

 今回の事業において、貴重な資料を借用させていただいた三菱マテリアルシリコン株式会社、ソニー株式会社、シャープ株式会社にお礼申し上げます。 その他、さまざまな資料を提供していただいた多くの方にもお礼申し上げます。 また、この事業については、平成9年度文部省科学研究費補助金奨励研究(B)奨励番号09914026により、研究費補助金を受けている。


[参考文献]
西澤 潤一・大内 淳義 共編 『日本の半導体開発』 (1993) 工業調査会
相田 洋 著 『電子立国日本の自叙伝 (1)〜(7)』 (1995〜1996) NHK出版
遠藤 諭 著 『計算機屋かく戦えり』 (1996) アスキー出版局
ショックレイ 著・川村 肇 訳 『半導体物理学 (上)・(下)』 (1957,1958) 吉岡書店
霜田 光一 著 『parity books 歴史をかえた物理実験』 (1996) 丸善
『電気通信学会雑誌 Vol.39No.2,4,5』(1956) 社団法人電気通信学会
『テレビラジオ年鑑1956年版』(1955) テレビラジオ新聞社
星合 正治 著 『新興基礎電氣工學講座電子管 (其の一)』 (1937) オーム社
加藤 肇・見城 尚志・高橋 久 著 『図解・わかる電子回路』 (1995) 講談社
田口 達也 著 『ヴィンテージラヂオ物語』 (1993) 誠文堂新光社