気象光学現象の出現記録
長谷川 能三
大阪市立科学館
概要
光をスペクトルに分けて測定することは、物理・化学・天文などの実験・観測において非常に重要な手段である。一般の人が知っているスペクトルの例として、虹が最も親しみがあると思われるが、そう頻繁に見られるものではない。ところが、虹のように空に見える現象、「気象光学現象」は他にもいろいろあり、虹よりもずっと頻繁に見られるものもあるという(1)。
そこで、友の会やジュニア科学クラブでこのような気象光学現象を紹介したのを機に、どの程度の頻度で出現するのか観察を続けているので報告する。
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1.はじめに
気象光学現象については、2001年7月21日の友の会例会、同7月27日のジュニア科学クラブ「今月のチャレンジ」で紹介し、観察を呼びかけた。そして自分でも2001年7月22日から出現記録を取り続けている。一部は、月刊『うちゅう』2001年11月号の「窮理の部屋」で紹介しているが、2001年7月22日〜2002年3月31日の記録をここでまとめた。
ただし、もちろん毎日ずっと空を見続けることは無理であり、時折外へ出て空を見上げる程度である。また、ほとんど空を見上げることのできなかった日も多い。さらに、いろいろな気象光学現象を何度も見ていると、だんだん探し方のコツがわかってきたり、淡くしか見えていなくても出現しているのを判別できるようになってきた。逆に言えば、最初の頃は現象が出現していても、見逃してしまったものも多いかもしれない。このようなことから、以下の記録は統計資料としては不十分な点もあるが、各現象の出現頻度の目安や、相対的にどのような現象が出現しやすいのかといった傾向をつかむことができると思われる。
また、ここには撮影した写真も一緒に掲載しているが、そもそもこのような気象光学現象は非常に淡いものが多く、さらに白黒印刷であるため、印刷では現象がよくわからないかもしれない。一部の写真はホームページにも掲載しているが、これからもっと解説とともに掲載していく予定である。
2.虹
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写真1.虹 (9月9日) |
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気象光学現象の中で、特によく知られているのは虹である。虹は、空気中を漂う小さな水滴によって太陽の光が七色に分かれて見えるものであり、簡単に言えば、ちょうどプリズムで太陽の光を分光するようなものである。正確に言えば、水滴中に入り水滴の表面内側で1回反射した光が水滴から出てくるときの最小偏角が約138度であることが虹の見える仕組みであるが、これをわかりやすく解説することは難しい。また虹のバリエーションとして、副虹、過剰虹、白虹などがあり、さらにそのしくみをわかりにくくしている。
ちなみに、副虹とは水滴内部で2回反射した光の最大偏角が約122度であることによって見える虹で、通常の虹(主虹)の外側に淡く見える。副虹の色の順は、主虹とは逆に内側が赤、外側が青となる。過剰虹は通常の虹の色の並びの内側に色の縞が続くもので、空気中の水滴が小さい場合に、光の波動性による干渉で現われるものである。さらに水滴が小さい場合には、虹の色がはっきりせず、白虹という白っぽいアーチとして見えるそうである。また、夜に月の光で虹ができることもあり、月虹と呼ばれている。しかし、満月前後の明るい月でなければならない、都会では街明かりが明るいといったことから、昼間の虹よりもかなり珍しい現象である。
さて、その虹の出現記録であるが、確かになかなか見ることができず、この期間中、9月9日に1回見ただけであった。しかも、見えたのは虹の左の足下部分だけで、1分もしない内に消えてしまった。ただ、私は見逃してしまったが、翌日の9月10日夕方、小雨が降る中できれいな虹が見えたという報告があり、科学館に市民からの問い合わせもあった。
3.暈(かさ)
表2.暈の出現記録 |
太陽の内暈 | 月の内暈 |
8月19日 | 10月7日 |
9月29日 | 11月2日 |
10月3日 | 12月31日 |
10月6日 | 3月24日 |
10月24日 | |
10月26日 |
11月13日 |
1月7日 |
1月18日※ |
2月21日 |
3月3日 |
3月12日 |
3月14日 |
3月25日 |
3月26日 |
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「月が暈(かさ)をかぶると雨が降る」といった言い伝えにでてくる暈は、空気中の小さな氷晶によって見える現象で、太陽や月を中心に視半径約22度の内暈と、視半径約46度の外暈がある。
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写真2.太陽の内暈(9月29日) |
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空気中の小さな氷晶は六角柱状をしており、その側面から入った光が、ふたつ隣の側面から出ていくときの最小偏角が約22度であることから内暈が見える。また、側面から入った光が底面から出ていく場合、または底面から入った光が側面から出ていく場合には、最小偏角が約45度であり、外暈として見える。
昼間であれば日暈として見え、また、夜であれば月暈として見えるが、月暈の場合は満月前後の明るい月に限られるので、その分出現頻度は低くなると思われる。
このように、内暈はかなり頻繁に見られる現象であることがわかったが、外暈は非常に珍しい現象のようで、この期間中一度も見ることはできなかった。
4.氷晶による他の現象
表3.幻日と環天頂アークの出現記録 |
幻日 | 環天頂アーク |
8月19日 | |
10月6日 |
10月26日 |
11月11日 | 11月11日 |
12月16日 | |
1月16日※ |
1月18日※ |
1月20日※ | 1月20日※ |
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暈は六角柱状の氷晶がいろいろな方向を向いているときに見えるが、氷晶の向きがそろっている場合には、暈とは異なる現象として見える。
氷晶が六角形の板状の場合には、氷晶が水平に並びやすく、この場合には太陽の左右約22度の位置に小さな虹のかたまりのような「幻日」や、太陽の上の方に天頂を中心とした円弧状の虹のような「環天頂アーク」、太陽の下の方に水平線と平行に帯状の虹のような「環水平アーク」などが現われることがある。
今回、環水平アークは見ることができなかったが、幻日と環天頂アークの出現は表3の通りであった。
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写真3.幻日(10月26日) | |
写真4.環天頂アーク(1月20日) |
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表4.タンジェントアークの出現記録 |
上部タンジェント アークの出現 | 下部タンジェント アークの出現 |
10月24日 | 出現記録なし |
10月26日 |
3月25日 |
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また、特殊な場合であるが、飛行機などからは、このような氷晶の底面で反射した光が、映日という現象として見えることがある。1月13日〜26日にヨーロッパへ行く機会があり、伊丹から成田、成田からパリへの飛行機から映日を見ることができた。また、ヨーロッパ滞在中に幻日や環天頂アーク、後述の彩雲などを見ることができた(※印)。
逆に、氷晶が鉛筆のように細長い六角柱状の場合には、氷晶が横倒しになる向きをとりやすく、上部タンジェントアークや下部タンジェントアークと呼ばれる現象が見える。この2つは太陽高度が高くなるとつながってきて、外接ハロと呼ばれることもある。
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写真5.映日(1月13日) | |
写真6.上部タンジェントアーク(3月25日) |
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5.光冠(光環)・彩雲
表5.光冠の出現記録 |
太陽の光冠 | 月の光冠 |
8月25日 | 7月27日 |
9月13日 | 8月7日 |
11月8日 | 8月9日 |
12月5日 | 8月28日 |
1月20日※ | 8月29日 |
| 8月30日 |
10月2日 |
10月4日 |
11月3日 |
2月25日 |
3月28日 |
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暈は視半径が22度や45度もあり非常に大きいという印象を受けるが、太陽や月のすぐまわりに色づいた輪が見えることがある。これは小さな水滴や氷晶のまわりを通った光の干渉によって見える現象で、光冠(光環とも書く)という現象である。
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写真7.月の光冠(11月3日) |
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表6.彩雲の出現記録 |
太陽の彩雲 | 月の彩雲 |
8月13日 | 出現記録なし |
9月13日 |
10月6日 |
1月2日 |
1月18日※ |
2月18日 |
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また、雲が消えていくような状況では、非常に小さな水滴や氷晶によって、太陽や月から離れたところに干渉による色が見えることがある。このような場合、太陽や月のまわりの同心円状にならず、色の縞が雲の形に沿ってできたり、色鮮やかで変化がが激しくなったりして、光冠とはかなり様子が異なる。そこで、このような現象は光冠とは区別して、彩雲と呼ばれる。
6.まとめ
はじめに書いたとおり、気象光学現象の中で虹は非常によく知られている現象であるが、実際に虹が現われることは確かに非常にまれであることがわかった。ただ、今回の記録はほとんどが大阪市内での観察であり、山あいや南の島などでは虹がもっと出現するのかもしれない。
また、虹と比べると内暈などはるかによく出現しており、環天頂アークといったほとんど一般には知られていないと思われる現象も頻繁にというわけではないが実際に出現していることもわかった。
しかし、おそらく虹を一度も見たことのない人はほとんどいないと思われるが、これだけ出現している暈を一度も見たことのない人は多いのではないだろうか。そこで、これまで見てきた現象の特徴をから、その理由を推測してみた。
まず、太陽から22度くらい離れたの場所に見える内暈や幻日などであるが、太陽が非常に眩しいため、22度離れているとはいえわかりにくいようである。現に非常にはっきりした暈が出ているときでも、通りがかりの人に「何を見ているんですか?」と訊かれ、暈が見えていることを教えても一目ではそれとわからない人もいた。まして、太陽のすぐまわりに光冠が出ていても、意識的に探さなければ見ることはできない。
次に、外暈など太陽から45度くらい離れて見える現象であるが、出現自体がまれである。またその中で比較的出現が多いと思われる環天頂アークや環水平アークであるが、環天頂アークは天頂近くに出現するために人目に付きにくい。また、環水平アークは地平線近くで見つけやすいが、太陽高度が58度以上でなければ出現しないという条件があるために、日本では出現そのものが少ないのかも知れない。
月の光で見える現象の場合、満月前後の明るい月でないと出現しないとか、満月の明るさでもよほど気象条件が整わないと見える明るさにならないというものもあり、出現頻度そのものが低いと思われる。
ところが、友の会の会員など一般の人の話を聞くと、これらの気象光学現象の内おそらく一番見ているのは月の光冠で、次いで月の内暈のようである。これは、出現頻度は低くても、月が眩しくないために出現していれば一般の人の目にとまりやすいからだと思われる。
今回、気象光学現象の記録をとってみて、虹の出現が非常にまれであることが意外であったが、逆に幻日など他の現象が頻繁に出現していることも意外であった。幻日や環天頂アークなどは比較的色がはっきり見えることも多く、このような現象を一般の人に紹介していくことによって、気象光学現象そのものへの興味だけでなく、光学や結晶構造、分光などいろいろな分野への興味のきっかけとなればと思う。
[参考文献]
(1) Robert Greenler 著 小口 高・渡邉堯 訳
『太陽からの贈りもの −虹,ハロ,光輪,蜃気楼』 (1992)丸善
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