窮理83

 

月と林檎

1.   ニュートンの証明

月は何万年、何億年も前から地球のまわりを回っています。一方林檎は、地上4.9mから落とせばきっかり1秒後に地面に激突します。方や永遠、方や刹那。方や円運動、方や直線運動。両者が同じ運動だとは昔の人は誰も思いもしなかったでしょう。

実際、同じ法則に従っていると人類が認識してから、つまりニュートンが証明してからまだ350年しか経っていません。

 月も林檎も地球の中心に向かって落ち続けているのですが、でも、月が「落ちている」とはどういうことなのでしょう?話を単純化するために、地球の公転運動を無視し、月は地球のまわりを円運動しているとします。周期は27.3日(1恒星月)。距離は384千キロ(地球の半径の60個分)です。

軌道の長さを周期で割れば直ちに月の速度が求まります。その速さは1020m/s。ジェット旅客機の3倍ほどの速さです。みなさんはこれを速いと思いましたか、それとも意外と遅いものだと感じましたか?

 

2.   月の落下速度

 さて、月は地球の半径の60倍も遠い所にあるので、地球の重力(僕のこどもの頃は万有引力と言っていたが、最近はそう呼ばれることは少なくなった)は3600分の1になります。したがって、1秒間に月が地球に落ちる距離は4.9m3600分の1、すなわち1.36mmです。

あまりの小ささにびっくりしましたか?月の速度は1020m/sでしたから、1秒間に月が落ちる距離は、1秒間に月が進む距離の100万分の1程度の大きさ(1.33×10-6)しかないのです。毎秒たった1.36mm地球に落ちることにより、直線運動から軌道がずれ、月が何万年も何億年も地球をまわり続けているなんて、ちょっと信じられない気がします。でも事実そうなのです。

 

3.   本当のお題

意外と小さな落下ですが、たったこれだけで十分なのです。月の周期27.3(T)は秒で表すと236万秒。2πを236万で割ると、月が1秒間で動く角度が2.66×10-6ラジアンと出てきます。この数字は先ほど求めた比1.33×10-6のちょうど2倍になっています。ですから、1秒間に月が動く角度を考えると、たった1.4oの落下で十分なのだということが分かります。

 この稿の本当の目的は、「林檎で月までの距離を求める」ことです。月と地球の距離をXとすると、月の移動距離と月の落下距離を表す式にXが入ってきます。そしてその比(およそ100万分の1)もXに依存します。さらにその比はπ/Tに等しいのです。したがって、かなりまわりくどい計算になりますが、月の周期から月までの距離Xが求まるという寸法です。計算に必要なデータは、林檎がきっかり1秒で地面に激突するまでの距離4.9mと月の周期236万秒、そして地球の半径6380kmだけでOKです。

 

4.   まとめ

天空を運動する月と地上の林檎の運動は同じ法則に従い、地球のサイズ、地上での重力の強さ、月の周期が分かれば(それらは地上で簡単に測定できる)月までの距離を求めることさえできるというニュートン力学の威力をご紹介しました。実際どういう計算になるのか、計算の途中で比と角度になぜ2倍が出てくるのか興味のある方は、僕のページを御覧下さい。

 この稿は一昨年科学館で行われた日下シンポジウムでの中野貴志先生の講演に出てきたお話をヒントに執筆しました。また僕のつまらない計算間違い(計算が合わないので数日悩んでしまった。)を見つけてくれた長谷川学芸員に感謝します。                   

(大倉宏 科学館学芸員)

 

註)月は毎年3センチほど地球から遠ざかっているそうです。また、地球の自転はしだいにゆっくりになっているのだそうです。ですから、何億年も経つと地球と月との距離はかなり変わるはずです。これらは地球と月との間の潮汐力が原因なのですが、ここではそれらは無視しています。潮汐力は地球や月が有限の大きさを持っていることに起因します。質点として扱う計算では潮汐力はもちろん働きません。