サイエンスショー「世界一かんたんブーメラン」実施報告

 

大倉 宏

 

 

概 要

 

投げ手に戻ってくるブーメランの動きは不思議で、多くの人を惹きつける。平成18年度秋、誰でもわずか10秒で作れる紙ブーメランを使って、サイエンスショーを実施したので、それを報告する。

 

 


1.  はじめに

ブーメランはオーストラリアの先住民の固有の文化だと思っている人は多いが、弓矢が広まる1万年くらい前までは、世界各地にあったという説がある。投げ手のところに戻ってくるブーメランの運動は実に不思議である。狩猟や武器としてだけでなく、スポーツや遊びとして投げられる理由も良く分かる。

しかし、ブーメランがなぜ戻ってくるのかの説明は難しく、その理由は分からずに投げられていることが多い。昔、駄菓子屋さんなんかにあった粗悪なブーメランしか投げたことのない人の中には、ブーメランというのは投げたっきりで戻って来ないもの、戻ってくるのはかなり特殊なものだと思っている人もいるのかもしれない。

今回は、誰でも簡単に作れ、しかも安全な紙ブーメランを題材にブーメランが飛ぶ理由、軌道が曲がる理由、戻ってくる理由を解説した。つまるところ、物理学的には揚力と歳差の説明ということになるが、特に揚力について詳しく解説した。

揚力がどのようにして発生するのか、ブーメランはなぜ戻って来るのかについての詳細は、本誌の別拙稿をご覧頂くこととして、以下ではどのようなショーを行ったかを中心に記す。

 

2.  内容

・本物のブーメランの観察

ブーメランといえば「く」の字に折れ曲がった木製のものを連想するが、形状も材質も様々なものがある。「く」の字のものよりは、3枚羽根、4枚羽根のものの方が扱いやすく、スポーツ競技では、「く」の字のものよりむしろ多く使われているようである。

様々な形状のものがあるが、どのブーメランにも共通点がある。それは表(絵が描かれていることが多い)の縁が丸みを帯び、裏が平らになっていることであるここでは、この丸みが大事であることを指摘しておく。

・世界一かんたんブーメラン(→紙ブーメランの歴史)を作り、飛ばしてみる

短冊型に切った2枚の紙を十字に重ね、真ん中をホチキスで止める。ここで、「これでほぼ完成です。」と言うと、観客はびっくりする。

ブーメランはたて投げ(上投げ、オーバースロー)するのか、横投げするのかを観客に聞き、たて投げすることを言う。そして、対称形であるからこのまま投げたのでは曲がらないし、戻ってこないのだが、片側に丸みをつけ、表裏の別をつけると、表側に軌道がカーブすることを言う。

実際に投げてみると、3〜4mほど飛んでくるりと回り、投げ手に戻ってきて、歓声と拍手が沸く。

 

・空中に浮く紙風船

下から送風機で風を送り、紙風船を浮かせる。風の流れは、割り箸とビニール紐で作った「吹流し」で確認

した。送風機を斜めにしても、紙風船はどこかに飛び去るのではなく、相変わらず空中に浮いている。

「吹流し」を使って、紙風船の下側より、むしろ上の方に速い空気の流れがあることを見てもらう。いわゆる風圧で浮いているのではないことを指摘する。



・宙に浮くビーチボール

ブロアを使ってビーチボールを浮かせる。ブロアをゆっくりとあちこちに向けると、ビーチボールは落ちることなくブロアの向きに付いてくる。

 このことからも、重力で落ちようとするビーチボールを風圧が支えている訳ではないことを印象付ける。

747の飛行姿勢

 ボーイング747模型を取り出し、飛行機の飛行姿勢について言及する。もし、翼の下面に空気を受けることによって(すなわち風圧で)機体を浮かせているのなら、機首をかなり持ち上げて、主翼の下面の空気が多くぶつかるような姿勢を取らなければならないだろう。実際にはそのような姿勢では飛んでいない。

 飛行機が浮上するのは、空気の流れに原因があるには違いないが、風圧ではないことをきちんと指摘する。

 

・ペットボトルも宙に浮く?

ビーチボールや飛行機が浮くのであれば、ブロアの風を使って、ペットボトルを浮かせることもできるかもしれない。しかし、実際やってみると難しい。

しかし、ペットボトルの底に半分に切ったボールを貼り付け上下ひっくり返し、ブロアの仰角を最初70度くらいにして、取り付けたボールにぶつかるように風を当てると楽々浮く。(バランスを取るため、20tほど水を入れておくのがコツ。浮いたら仰角を60度くらいに持っていく。)

さて、ここで何が言いたかったか分かってきただろうかと聴衆に語りかける。ブーメランには表裏があり、表は丸みを帯びていて、裏は平らになっているのが大事だと最初に言った。ペットボトルは底が平らだと浮かせにくいが、丸いと浮かせやすい。(実際、炭酸飲料のペットボトルは底にボールを付けなくても浮かせることのできるものが多い。)

 

・陸上ヨット
 力学台車の上に段ボールで作った帆を載せる。片面は平ら、片面は丸みを帯びている。すなわち翼形の帆である。この帆に真横から風を当て、台車が左右(前後というべきか?)どちらに進むかという実験である。

実験の前に予想を聞くと、この段階ではほとんどの人が正解の丸くなっている方に進むと答える。

・障害物の先にあるロウソクの炎は消えるか。

 ロウソクの前に箱のようなものを障害物として置き、障害物の先にあるロウソクの炎を吹き消すことに観客のこどもに挑戦してもらった。炎を消すことはできない。ところが、ビーカーのような円筒形のものなら息が回り込んで炎を消してしまう。

 

・壁際のロウソクは消えるか?

プラスチック製の板段ボールで弧を描いた曲面の壁を作り、その先に火の付いたロウソクを置く。ブロアで風を送ると、風は曲面に沿って流れ(いわゆるコアンダー効果)、ロウソクの炎は消える。壁がなければ、風はロウソクに当たらないので炎は消えない。

 

・なぜ丸いと良いのか
 以上の実験から、なぜ揚力が生じたのかの種明かしをする。送風機で丸いボールに風を当て、「吹流し」を使って、ボールの曲面に沿って風が曲げられる(風の進行方向が曲げられる)ことを見てもらう。

風はボールによって曲げられ、逆にボールは作用反作用によって、風に引きずり込まれるのである。実は、ここで作用反作用というのは不正確で、風の受ける運動量はとやったほうがより尤もらしい。しかし、運動量云々という説明は一般人には無理なので、ボールが風を引っ張り、逆に風がボールを引っ張っている。引っ張り合いをしているという表現にした。

空中を飛んでいる飛行機も、翼の上を通過する空気が下に折り曲げられることにより揚力を発生する。実際翼の後ろには下降気流(吹き降ろし downwash と呼ばれる)が生ずることを747の模型を使って説明した。


・ブーメランが曲がるわけ

飛行機が旋回するときは、主翼を水平にした状態で曲がるのではなく、傾けることによって初めて旋回することができることを説明する。それとブーメランは一緒である。(実際、航空機は尾翼に付いた方向舵で機首振りをしただけでは旋回することはできず、主翼に付いたエルロンを操作し、機体を傾かせることにより旋回している。)

ブーメランはフリスビーのように投げられるのではなく、表が顔の方を向くように持ち、翼を立てた状態で上投げされる。丸みを持った方へ揚力が働くのだから、右手で投げれば投げ手から見れば左側にカーブする。

ブーメランをフリスビーと同じように投げると湯力が上に働くからブーメランが急上昇するのも見てもらう。ちなみに、冒頭で駄菓子やで売られているようなブーメランを投げ、戻ってこない様子を見てもらっていた。こんどは、そのブーメランも上投げではなく、フリスビー投げをしてみる。紙ブーメランと違い、上昇しない。強い揚力が生じないからである。そのようなブーメランは上投げしても戻ってくるはずがない。


・歳差運動

以上で全てが説明でき、めでたし、めでたしかというと、そうではない。このままでは、ブーメランは左へとカーブするだけで投げ手のところには戻ってこないからである。

投げ手の元に戻ってくるのは、ブーメランが歳差運動を起こし、回転面が変化するからである。

歳差運動を自転車の車輪を使って解説した。しかし、別の機会で歳差運動について解説したことがあるが、短時間で歳差を理解してもらうことは難しかった。

そこで、回転するブーメランの4枚の翼に働く揚力の大きさは、対気速度が異なるために各々異なり、その結果回転面がゆっくりと変化するために投げ手の元に戻ってくることを言うに留めた。

また、投げられたブーメランの最終局面ではブーメランはホバリング運動に移っている。この変化は翼につけた上反角の寄与が少なからずあるのだが、このことについても敢えて触れなかった。

 

・いろんな形のブーメラン

同じ大きさの短冊形の厚紙を十字に重ねて作る紙ブーメランであったが、わざと斜めにつけたり、長さや太さの違うものをつけたりしたらどうなるかやってみた。よほどバランスを崩さなければ、物理的な状況は変わらないので、投げ手のところにきちんと戻ってくる。

 

3.  考察

渦や循環を使った説明はとても無理なので、物にそって空気は流れ、空気の流れが変えられることにより力が生じるということでブーメランの飛行を解説した。おそらく物理的には不十分な説明であっただろう。(その点も別稿で議論したい。)しかし、不十分さには目を瞑り、嘘にはならない分かり易い説明を試みた。

今回は送風機やブロアを多用したが、ペットボトルやボールの上部だけに(全体ではなく)風を当てて浮かせていることと、航空機やブーメランが空中を飛行するのとは、状況が異なるのではないかという疑問が生じるのは当然かもしれない。

しかし、実験を積み重ねながらひとつの事実に説明を加えていくというスタイルを貫けたと思う。

また今回は歳差は詳しく説明しなかった。揚力の実験だけでいっぱいになってしまったことと、あれもこれもで焦点をぼやかしたくなかったのである。

しかし、ブーメランの運動に歳差運動が大きく関っていることは間違いない。多少言い訳がましくなるが、平成14年の秋に「回転のふしぎ」というサイエンスショーで歳差を取り上げたことがあったが、結局満足のいくショーになっていると思えなかった。数学を使わずに歳差を説明することは、揚力以上に難しいとそのとき実感した。そのため、歳差はさらりと流してしまった。

 

4.  データ

 サイエンスショーは9月は80回実施し、4504名の来館者に見ていただいた。10月は93回5932人、11月は76回5916人であるから、計249回16352人の方に見ていただいた。

 

謝辞

揚力やブーメランについて同僚や海老崎功氏を初めとするonsen(オンライン自然科学教育ネットワーク)のみなさんと議論し、いろいろ教えていただいた。感謝します。また、サイエンスショー見学会にもたくさんの方に来ていただき、議論していただきました。参加者の皆様に感謝いたします。