亜ヒ酸
 「亜ヒ酸」この薬の名称が何の説明もなく使われるようになったのは、1998年に和歌山県でおこったカレー事件のせいですね。さて、この亜ヒ酸というものは2種類あるはご存知でしょうか。一つは正式な名称としての亜ヒ酸、そしてもう一つは俗称としての亜ヒ酸です。この事件そして、報道で使われた亜ヒ酸は、俗称のほうの「亜ヒ酸」で、As2O3の化学式を持つ三酸化二ヒ素という物質です。

 この俗称の亜ヒ酸は、顔料や除草剤の原料、そして殺虫剤として使われていますが、多くの国々でその強い毒性のため使用禁止や使用規制がされています。 そして亜ヒ酸の正式名称を持つものは、As(OH)3もしくは、H3AsO3なります。これは、As2O3が水に溶けたときに生成する物質なのです。 ヒ素毒 ヒ素が高い毒性を有しているのはご存知かと思いますが、日本で最大の被害を出したのは、1955年におきた森永ヒ素ミルク事件です。これは、粉ミルクの安定剤として添加していた第2リン酸ナトリウム(Na2HPO4)にヒ素が混入していたためにおこった事件です。この時使っていたリン酸ナトリウムは、アルミ工場で使っていた廃棄物を利用していて、リン酸ナトリウムを取り出すときにパイプに穴が空いていたところからヒ素が混入したのです。この事件では12000人以上が被害をうけ、乳児133人が命を落としました。

  また、中世のイタリアでは三酸化二ヒ素を含んだ水を化粧水として、販売していました。そして、この化粧水を夫殺しのために使った人が多く、たくさんの未亡人が出たという、世の中のお父さん達にとっては血の気も引いてしまう話もあります。三酸化二ヒ素には味がないため、料理などに入れて使用されたのです。ただ、その化粧水自体の臭いや味はどうだったのかという疑問もあるのですが…。
  さらに、ナポレオンは、ヒ素によって毒殺されたのではないかいう話もあります。これは、ナポレオンの頭髪からヒ素が検出されたためです。しかし、当時の塗料にはヒ素が含まれていたため、何らかの原因でヒ素を口にする事があったかもしれません。また、ナポレオンの体調が悪かったとき当時ファウラー氏液というリウマチや喘息、糖尿病治療に使われていたヒ素が含まれる薬を飲んでいたことが原因で、頭髪からヒ素が検出されたのではといわれており、ナポレオンのヒ素による毒殺説は否定されています。

では、ヒ素の毒性はどういったものがあるのか。ヒ素は無機物・有機物ともに毒性があり、口から摂取した場合15〜20分以内に腹痛を伴う下痢や頭痛、めまい、痙攣がおこり、30分程度で、悪心・嘔吐をおこすようになります。重症のヒ素中毒の場合はおう吐や下痢による高度の脱水、ショックなどによって死亡することになります。 どのくらいの毒性があるか調べたところ、亜ヒ酸ナトリウムは人が口にした場合2mg/kg、亜ヒ酸カルシウムが5mg/kgとなっていました。60kgの体重の人だと前者が0.12g、後者が0.3gほぼ致死量にあたるということになります。 ヒ素は3価や5価の化合物をつくりますが、3価の方が毒性が高く、無機物と有機物では無機物の方が毒性が高くなっています。


愚者の毒
 1837年、イギリス人のジェームズ・マーシュによってヒ素の存在を簡単に確かめることのできるマーシュテストというものが開発されました。そのため、ヒ素を使った事件かそうでないか簡単に分かるようになり、ヒ素を使って殺人を犯しても簡単に足がついてしまい、ヒ素は「愚者の毒」と呼ばれるようになりました。では、マーシュテストとはどんなものでしょうか。 マーシュテストの実験 マーシュテストは、図のような装置を使い調べる事ができます。広口ビンの中に亜鉛を入れ、そこに希硫酸を加えます。ビンの中の空気は発生した水素によって置き換えられます。次いで、図の右端部分のガラス管の口に火をつけます。さらにガラス管の右端に近いところを外から加熱します。



   Zn + dil H2SO4 +試料
図.マーシュテスト




このとき、その熱している部分の直後に黒〜褐色の金属光沢のある物質が出てこない事を確認します。そして、調べたい試料を上部の口から入れ、同様の作業を行った場合、外から熱している部分に黒〜褐色の物質が出てきた場合にはヒ素が含まれていることになります。このときヒ素は、金属光沢を持っているためヒ素鏡とも呼ばれます。ヒ素化合物は、発生したての水素と反応させると非常に有毒なヒ化水素(AsH3)、別名アルシンを発生させます。このヒ化水素は加熱することで簡単に還元されヒ素を生じるのです。 2AsH3=2As+3H2 例えば、亜ヒ酸(As2O3三酸化二ヒ素)では約10μgあれば検出できる、非常に鋭敏な反応です。前回紹介した鉛に比べると生々しい話が多いヒ素ですが、周期表の旅のAsに書かせていただいたように、私達の生活を支えているのも事実です。功罪が極端な元素といったところでしょうか。




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