サイエンスショー「結晶をつくろう!」実施報告


                       小 野 昌 弘


 概 要
  2007年9月〜11月期に、様々な結晶の性質を紹介するサイエンスショーを行った。そこ  では、身近な物質である、塩、砂糖、ミョウバンといった結晶の形状観察や、短時間でできる 結晶成長、そして結晶の持つ偏光性などを紹介した。本稿ではその内容を報告する。



 1.はじめに
  身の回りある物質は、その作られている物質の構成状態に着目すると、結晶状態を取って いるものが多い。 そのような中で、私たちの生活に深く関わっている塩、砂糖、氷などの結 晶が持つ形状、性質を紹介し、結晶に関するより深い知識を獲得してもらうことを目的として 本サイエンスショーを企画・実施した。

 2.実施項目
 (1)過冷却水による氷の生成
  本実験が実施される前に行われていたサイエンスショー「水・空気、いろいろ大変身」でも行  っていた実験。約12時間ほどかけて冷凍庫で冷やした、−5℃前後の凍っていない水、過冷  却水をペットボトルで準備し、ボトルを叩いて衝撃を与えるか、コップやデュワー瓶にあけると  氷が瞬間的に生成するようすを観察した。
  途中、長谷川学芸員のアイディアにより、デュワー瓶の周りを偏光フィルムで囲うことで、写  真1のように、氷の結晶が成長するようすを観察しやすくすることができた。



 
写真1.過冷却水による氷の成長。偏光板を通しての観察。



 (2)様々な結晶の観察
  身近なところにある結晶を、顕微鏡とCCDカメラを用いながら、紹介した。取り上げた結晶   は以下の通り。
  ・雪の結晶
  ・塩、岩塩
  ・砂糖
  ・うまみ調味料
  ・ミョウバン
  ・醤油からできた塩の結晶
  ・尿素
  ・エメラルド、水晶、ダイヤ

 (3)パラジクロロベンゼンの結晶
  防虫剤の1つであるパラジクロロベンゼン(ネオパラビッグ)、1袋2個を乳鉢ですりつぶした も のを湯せんする。湯せんしている器の上部には、シャーレを置き密閉しながら、凍らせたペ ッ トボトルを載せて、冷やすことで針状のパラジクロロベンゼンの結晶をシャーレの底に成長 さ せた。
  約10分程度で2−3cmの長さの結晶が観察できるようになる。(写真2、3)

 (4)ドライアイス
  炭酸ガスボンベから、スノーシャワー(岩谷産業製)と呼ばれるドライアイス発生装置を通し   て、ドライアイスを噴出させた。パラジクロロベンゼンの実験と共に分子性結晶の紹介を行っ  た。


写真2.パラジクロロベンゼンを湯せんしているところ。上部は、シャーレでフタをし、凍らせたペットボトルを載せることで、結晶が析出しやすくしている。


 
写真3.析出したパラジクロロベンゼンの結晶。写真2の状態で約10分程度で、このような状態になる。


 (5)酢酸ナトリウムの結晶成長
  ヒートパック呼ばれる酢酸ナトリウムの過飽和溶液が封入された、繰り返し使えるカイロが   販売されている。このカイロの中でできる、結晶成長のようすを観察した。また、酢酸ナトリウ  ム10gを水2〜4mlで加熱しながら完全に溶かし、過飽和水溶液を作る。触れる程度に冷め  たところでシャーレに中身を入れ、種結晶となる酢酸ナトリウムを置く。すると、放射状に酢酸  ナトリウムの結晶が成長する。そのようすを観察した。

 
写真4.市販されているヒートパック



 
写真5.酢酸ナトリウムの結晶をシャーレ中央に置くと、放射状に結晶成長が始まる。


 
写真6.酢酸ナトリウムの結晶。シャーレ内が完全に結晶化された状態。


 (6)結晶による偏光
  シャーレに張った薄い氷や、岩石の薄片標本を利用して、結晶の持つ偏光性を紹介した。
 用意した薄片は、閃緑岩、大理石、硬砂岩、輝石安山岩、黒雲母花崗岩である。
  実体顕微鏡の接眼レンズの底部などに偏光シートを貼り付けることで、簡易型の偏光顕微  鏡とし、そのようすをCCDカメラで映し、モニターで観察した。

 (7)銀樹の成長
  スライドガラスの上にテープで貼り付けた銅線に、
 0.1Mの硝酸銀水溶液を滴下し、銀の結晶が析出するようすをCCDカメラで撮影し、モニター で観察した。

 3.解説
 (1)過冷却水
  水道水を500mlのペットボトルに詰め、冷凍庫で約12時間ほど冷却したものを用意し、ボト ルを叩く、もしくは、ボトルを開けて、別の容器に注ぐなどすると、氷が急激に成長し、普段見ら れない現象が起こる。水は0℃で凍るという一般的な概念とは、かけ離れた現象である。
  この身近な物質である「水」のあまり知られていない現象に、見学者は一様に驚いていた。本 実験期間の途中から、長谷川学芸員が開発した、偏光シートおよびバックライトを使った観察  装置を用いることで、氷の結晶成長がよく見えるようになり、来館者がより集中してその現象を 観察すことができるようになった。

 (2)様々な結晶の観察
  結晶の形は、科学的には晶系などで区別されるが、一般的には馴染みのない言葉である。し かし、その形状については、眺めるだけでも簡単に判別することができる。ここでは、見た目は 白い粉である、食塩、砂糖(グラニュー糖)、うまみ調味料(グルタミン酸Na)を顕微鏡で観察し、その形状の違いを確認した。
  また、雪の標本結晶は、石川県の中谷宇吉郎雪の科学館所蔵の資料を借用し、観察した。
 身近な物のそのあまり知られていない形状を紹介するだけでも、大いに興味関心を喚起できる ようである。 
  他にも、5年間かけて作られた、1辺13cmの大型ミョウバンの結晶(写真8)やエメラルド、大 型水晶などを紹介することで、様々な結晶の形があることを紹介した。
  このような観察は、過冷却の派手な現象の変化に比べると地味な面はあるが、身近な物を落 ち着いてじっくり観察することで、新たな発見があるということを印象づけられたようである。

 
写真7.雪の結晶。雪の結晶サンプルを、CCDカメラで拡大。


  
写真8.1辺13cmもあるミョウバン結晶


 (3)パラジクロロベンゼンの結晶
  防虫剤は、何故なくなってしまうのか。一昔前であれば、日常生活の中で見かける不思議な  出来事でであったが、最近は、パラジクロロベンゼンやナフタレンなどを使った製品が家庭では あまり使われなくなってきているため、特に子ども達には、何の薬か知らないものも多かった。   そのため、どういった用い方をするのかということを説明しながら実験を行った。
  また、ファンデルワールス力によって結合している本分子が低い温度で簡単に昇華してしまう ことを述べながら、その結果がどうなるのかを待った。
  実験方法としては、ポットのお湯をそのまま使うことで実験を行ったが、パラジクロロベンゼン の融点が53℃のため、場合によっては、昇華する以前に、融解してしまうこともあった。一旦お 湯を入れて放置しておくという簡便な方法であったため起きた現象だが、結晶をより大きく成長 させるためには、もう少し温度調整などをする必要がある。今回は、非常に簡略化した実験方  法でショーを行ったため、本実験はこのあたりに限界があった。

 (4)ドライアイス
  今回行った実験の中では、最も派手な実験。二酸化炭素ボンベに、ドライアイス発生装置を  取り付け、液化炭酸ガスを一瞬でドライアイスにするものだが、大きな音と、雪状のドライアイス が発生することで、ショーとしてのインパクトは大きかった。
  科学的な意味合いとしては、(3)のパラジクロロベンゼン同様、ファンデルワールス力によっ  て結合している二酸化炭素分子が、室温で簡単に結合を切ることで、固体から、ガスに変化す ることを紹介した。(3)の実験の補完的な意味合いがある。

 (5)酢酸ナトリウムの結晶成長
  ヒートパックは、酢酸ナトリウムの飽和水溶液が結晶化するときの凝固熱を利用し、保温材と するものである。結晶化したものは、お湯につけることで、再び液状化し、冷ませば繰り返し結  晶化させて使えるものとしてスポーツ用品店や雑貨店などで販売している。
  この製品は、結晶が成長する時間が短く、見学者の見ている目の前で結晶が析出してくるよ うすが、たいへん興味を引く現象である。ただし、実際には、結晶化されているというよりも、液 体が固まりに変化しているという状態にしか見えないのが難点ではある。そこで、その現象をよ り詳細に観察できるようにシャーレ上で実験を行った。シャーレ全体を、酢酸ナトリウム水溶液 で覆い、その中心に結晶を一粒落とすことで、きれいな結晶が成長するようすが観察できる。
  ただし、場合によっては、酢酸ナトリウムを溶かした試験管から、シャーレに移し替えただけで、結晶化が始まることもしばしばあった。シャーレや試験管の洗浄、液を移し替えるときの振動な ど留意すべき点があり、このあたりが実験をきれいに成功させるポイントでもある。
  ここで用いた酢酸ナトリウムは、三水和物で単斜晶系、柱状結晶を有する。この柱状結晶が 成長していくようすが観察できる実験である。

 (6)結晶による偏光
  いろいろな結晶、結晶の成長と紹介してきた本サイエンスショーの中では、やや異色な実験で ある。氷の結晶によって直線偏光が結晶中を通過する時に偏光状態が変化し、さらに波長に  よってその度合いも異なるため、色が変化してくるようすを観察する実験である。シャーレに薄 い氷をはり、それを偏光板の間に置くことで観察できるが、ハロゲン球のバックライトを当てな  がらの実験であったため、その熱で氷が溶けやすい難点があった。
  偏光板を回転させることで、氷についている色が変化することに見学者は驚いていた。同様  に岩石薄片も通常の状態では、透明なものなのに、そこに色が付いて、結晶粒の形状が確認  できるようになることに興味を持ってくれたようである。見学者からは石の万華鏡とも呼ばれ  た。
  本実験のみで、偏光性という新たな概念を獲得するのは難しいが、結晶と光が何らかの相互 作用を起こすということを視覚的にきれいな実験で紹介することができた。

 (7)銀樹の成長
  イオン化傾向により、銀が結晶として析出するようすを紹介した。非常に小さい結晶のため、 こちらもCCDカメラで追わなければならない。おそらく、一般の見学者にとって、銀が結晶であ  る、ひいては、金属が結晶であるということは、あまりなじみのないことであると思われる。
  しかし、目の前で、樹氷のような形状で銀が析出するようすを観察することで、何らかのイン  パクトを与えられたのではないかと思われる。

 4.まとめ
  身近なものの中に含まれる結晶という概念について、改めて紹介する内容の実験を行ったが ショーとしては、地味な内容であったことは否めない。そのため、ショー的な、盛り上がりに欠  けていた。ただ、それが退屈な内容であったのかというと、そうも言い切れない面がある。サイ  エンスショーが終了してから、実験で紹介した、シャーレ上の酢酸ナトリウムの結晶や、パラジ  クロロベンゼンの結晶、その他、塩やミョウバンなどの結晶について、間近で見たいため、たく さんの見学者が集まってきた。また、大型ミョウバンや塩の結晶などを展示したケースもよく見 学していった。
  そのほか、各種結晶の状態や製法、過冷却水についての質問も多く、このような内容に関心 が高いことはうかがい知ることができた。
  サイエンスショーとしては、実験をできるだけ、多くの観客に生で見せたい。しかし、ここで行っ た実験は、細かいものを見せるため、どうしてもCCDカメラを使い、モニターで観察するものが 多く、どうしても「生のものを見る」という感覚が、これまで行ってきたショーに比べると少なかっ  た。それが、前述したショー終了後にたくさんの人が集まってきた要因の1つにとも考えられる。
  また、タイトルが、「結晶を作ろう!」というものであったため、ショー内で見学者が何らかの結 晶を作れると誤解されていた面もあり、タイトルのつけ方には問題があったため、今後注意した い。
 
 5.謝辞
  本実験を行うに当たり、たばこと塩の博物館より、岩塩結晶を借用し、様々な塩の結晶の紹  介を行うことができました。
  また、中谷宇吉郎 雪の科学館より、雪の結晶サンプルを借用し、雪の結晶の形状紹介を行 うことができました。
  当館の、斎藤企画担事業課長には、過冷却実験の準備・調整をしていただき、長谷川学芸  員においては、過冷却観察装置を作っていただきました。
  この場を借りて、改めて御礼申し上げます。


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