大阪市立科学館研究報告 15,189-195(2005)

サイエンスショー「風のうらわざ」実施報告

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斎藤吉彦

大阪市立科学館

概要

 2004年12月〜2005年2月に実施したサイエンスショー「風のうらわざ」について報告する。風には風下へ物を吹き飛ばしたり押したりする作用以外に、強い方へ吸い込む力(ベルヌーイの定理)のあることを、様々な現象で紹介した。驚き→疑問→探索→法則の発見・理解→応用という展開を試みた。

1.はじめに
 風は、風下へ物を吹き飛ばしたり押したりする以外に、図1のように風が分布していると、強い方向へ引き込む(以下本稿では、この作用を「風のうらわざ」と記す)こともする。


図1.風のうらわざ

 「風のうらわざ」はベルヌーイの定理で理解できるaが、学校で習うことはなく、ほとんど知られていない。常識に反する現象で意外性があるので、今回のサイエンスショーのテーマとした1994年と1998年にも、この作用をテーマとしたサイエンスショーを実施した。今回は1994年のものに次の改良を加えた。
口頭だけで解説していたものを、実際の現象を加えて解説する。
小さな現象だったものを大きくする。
本稿では、2章で演示内容を、3章で各演示実験のノウハウを、4章で実施した感想などを述べる。

2.演示内容
2−1.導入

 見学者の意識を風に集中させ、常識(風はものを吹き飛ばす)を喚起する。

2−1−1.業務用ブロワーによる強風
 吹流しで強風を可視化したり、扇風機に強風を当て、プロペラを回転させたりし、「吹き飛ばす」という現象を見る。

2−2.非常識な現象
 「吹き飛ばす」という常識では、とても想像できない現象を見せ、思考の欲求を促す。

2−2−1.風船のダンス
 扇風機による上向きの風で、風船は吹き飛ばされず、風の中央部でおもしろい動きをする。意外と思わせる。


図2.風船のダンス

2−2−2.風でビーチボールを捕まえる
ビーチボールをブロワーの風で鉛直方向に浮かせる。「風が押し上げているから、ビーチボールは浮いている。」と推論させる。
ブロワーを徐々に倒す。斜め方向に風が吹いていても、ビーチボールは落ちないことを確認する。


図3.傾けたブロワーの風で、ビーチボールを捕まえる。

2−2−3.コーンから吹き出る強風
ブロワーにコーンを取り付ける。
強風に逆らってビーチボールをコーンに投げ入れると、強風を噴出すコーンに、ビーチボールがあたかも吸い付くかのようにくっつく。
コーンを下に向けて揺すってもビーチボールは落ちない。


図4.強風の吹き出るコーンに向かってビーチボールを投げ入れると、ビーチボールがコーンに「吸い付く」

2−2−4.板から吹き出る強風
ブロワーの噴出し口を板の中央部に取り付ける。
板の中央から吹き出る強風はあたかも吸い付けるかのように、板を持ち上げる


図5.板から吹き出る強風は、板を吸い付けるかのように持ち上げる。

2−3.法則
 自然法則として「風のうらわざ」の紹介する。
2−3−1.「風のうらわざ」
紙風船を送風機で浮かせる。風向はできるだけ水平成分を持つように調整する。
吹流しで風の強いところと弱いところとを観察し、紙風船の上部が強く、下部が弱いことを発見させる。
「風のうらわざ」を納得させる。


図6.風の強弱を吹流しで観察する。紙風船の上部は強く(上)下部は弱い(下)が分かる。

2−4.演繹
 自然法則「風のうらわざ」から現象を予測する。
2−4−1.パイプ内を昇る紙風船
アクリルパイプに数個の紙風船を入れる。
パイプの上部に風を当てると紙風船は浮き上がり、外へ飛び出す。


図7.パイプの上部で風が吹く風船が浮き上がる。

2−4−2.掃除機?
紙くずの上にアクリルパイプを置く。
アクリルパイプの上部に風を送ると、紙くずが吸い上げられ、強風で吹き飛ばされる。


図8.「風のうらわざ」を利用した掃除機(?)

2−5.既知の現象
 見学者の知っている現象で、「風のうらわざ」に起因するものを紹介する。
2−5−1.変化球(マグヌス効果)
ビーチボールで実際に変化球を見せる。これが「風のうらわざ」と強調する。
ペットボトルを回転させる装置を力学台車に乗せ、風向と垂直の方向に動くことを観察する。
回転体の周りでの風の強弱を推論し、「風のうらわざ」がどのように作用しているかを考え、現象を理解する。


図9.回転体に風を当てると、力学台車は風向と垂直の向きに動く。(マグヌス効果)

2−5−2.飛行機の翼
飛行機の翼は下が平らで上が丸くなっていることを説明する。
翼の模型に風が当たると浮き上がる現象を観察する。
現象から次のことを推論する。すなわち、翼の形状により、風の分布は、翼の上部の方が下部より強くなる。


図10.扇風機の風で翼の模型が浮き上がる

2−5−3.ブーメランへの導入、ヘリコプターのプロペラ
短冊状に切り出した白表紙2枚で、ヘリコプターのプロペラ模型を作る。このとき、2−5−2で浮き上がっている翼モデルを見せながら、どのように白表紙の曲げると浮くかを説明する。(3−6参照)
ヘリコプターのように飛ぶことを確認する。

2−5−4.ブーメラン
 2−5−3で作ったヘリコプターのプロペラが、ブーメランになることを見せる。会場内で投げて、驚かせる。

3.ノウハウ
3−1.扇風機による上向きの風と風船
スライダックによる電圧制御で風量を微調整する。
風船が小さいと短時間で落ちる。風船は風の分布範囲に応じた大きさが必要。
3−2.ブロワー
強風を得るため***を使用
3−3.パイプ内の紙風船
アクリルパイプは220φ×1400のものを使用した。
紙風船はできるだけパイプ径に近いものがよい。小さい紙風船は浮かない。
パイプの下部を床から10cm以上離す。空気の出入りを自由にしないと、紙風船は浮き上がらない。

3−4.変化球
ペットボトル回転装置の仕様。駆動装置にマブチモータ、電源に単三電池2個直列を使用。マブチモータを半固定し(下記)、ペットボトルを吊り下げる。


図11.マブチモータとペットボトルの接続

ペットボトルの底面中央に10φ程度の穴をあけ、台に固定した竹ひごをその穴に入れる。


図12.ペットボトル底部の制御

高速回転による回転ぶれの防止。マブチモータを固定すると、遠心力により、ペットボトルの回転姿勢を保てない。マブチモータにかなり大きな遊びを持たせると、マブチモーターがペットボトルのブレを吸収し、安定した回転が得られる。マブチモータを吊り下げるのが理想的。

3−5.飛行機の翼のモデル
軽量化のために、底面に発泡スチロール板、上部に画用紙を使用。鉄筋で翼モデルの運動を鉛直方向に制御する。
翼上面の頂点は中央部にすると浮き上がらなかった。風上の方に与える方に頂点を与えると浮き上がった。
翼モデルにストローを取り付け、鉄筋との摩擦を軽減する。


図13.翼モデルの形状


図14.摩擦の軽減

3−6.ブーメラン
作り方
 短冊状に切り取った白表紙2枚をホッチキスで貼り付け、羽の先を全て曲げる。ヘリコプターはこれだけでよい。ブーメランにするには、さらに、少しだけ羽を反らせる。これをしないと、途中で落ちてしまって、帰ってこない。


図15.ブーメランの作り方

投げ方
 人差し指と親指ではさみ、鉛直面内に立てて、スナップを効かせて投げる。ブーメランを水平にして投げると、上昇し返ってこない。

4.まとめ
4−1.子どもの常識について
 当初、「風が物体を捕まえる。」という現象は見学者の好奇心を喚起すると想定していた。大人は驚きを持ってこの現象を観察したが、子どもの反応が芳しくなく、かなり苦慮した。風に吹き飛ばされない現象を見てみても、不思議に思わない。素直に受け入れるのである。子どもにとって、「風はものを吹き飛ばす。」ということは常識として定着していない、「風が物体を捕まえる。」というのは非常識ではないと考えた。そこで、この常識を各演示で強調し、子どもに常識を与えることを心がけた。このことで、「なぜ、風がものを捕まえるのか?」という疑問を抱かせることができ、科学的思考ができるようになったと思う。このことによって、今回のサイエンスショーでは、驚き→疑問→探索→法則の発見・理解→応用、という展開が可能となった。常識を与えなければ、科学的思考に導くことはほとんど不可能と考える。
4−2.翼の原理について
 翼の揚力発生機構の定性的説明について、様々なところで論じられているb。しかし、見学者の疑問に十分応える定性的説明は見当たらない。間違った説明も存する。したがって、本サイエンスショーでは、見学者が、翼が上昇する現象を観察することで、翼の上下で流速差が生じていることを理解できればよし、とした。
以下に、よく知られた定性的説明について著者の考えを記す。

(1)翼の上下の流速差
 翼の上下で流速差が生じることから揚力が説明されることがある。流速差の発生に関しては、次の2つの説明がある。
翼の上と下に分かれた空気が翼の後方で同時再会。上部の方の経路が長いので、上部の方が速くなる。
翼の上の方の流管が狭まっている。それで上の方が速くなる。
,牢岼磴い任△襦F瓜再開を説明する論理はない。じっさい、同時再会しないことが知られている。△鯒柴世気擦襪里法▲曄璽垢寮茲鮃覆辰道郷紊垢詢磴出されるが、翼の上下には境界がないので納得できないし、流線を天下り的にイメージさせている。また、空気が翼に衝突し、遅くなるという推論を否定できない。したがって、翼の上下の流速差から揚力を説明することはできない。

(2)流体の空気の運動変化による反作用
翼の後方で流れが下向きとなる
翼に沿った円運動を与える向心力
,汎韻舷簣世鰺磴料以の流れに適用すると、揚力と逆向きの力が生じるので、,論睫世砲覆辰討覆ぁ△眛瑛佑如⇒磴料以と後方では逆向きの向心力が必要で、この向心力に対する反作用の議論がない。納得できる説明になっていない。

(3)クッタ・ジュウコフスキーの定理
 「翼の揚力を理解するには、ベルヌーイの定理では説明できない。クッタ・ジュウコフスキーの定理が必要」と解説されることがある。これは論理破綻した解説である。クッタ・ジュウコフスキーの定理は、
揚力=ρUΓ
ρ:流体の密度、U:流体の速度、Γ:翼の周りの循環)というものであるが、その導出はベルヌーイの定理を使って、圧力を翼の周りに線積分して揚力を求めるものである。つまり、クッタ・ジュウコフスキーの定理を知らなくても、ベルヌーイの定理で揚力を計算することができるのである。じっさい、循環があれば、上下の速度差が簡単に理解できるので、ベルヌーイの定理で揚力が生じることがすぐに分かる。

(4)なぜ止まっていた飛行機が浮き上がるのか?
 完全流体は渦の生成消滅をおこさない。止まっていた飛行機の周りには渦はないので、それが滑走しても渦ができず、飛行機の周りに循環はできない。循環がないと揚力を得られない。したがって、完全流体中の飛行機は飛び上がれないc。じっさいの空気は粘性がある。これにより、循環が生じる。その様は次のように説明される。静止していた翼が動き出すと、粘性により翼に接して転がるように小さな渦が翼の上下で生じる。そして、翼の下部の渦が剥離する。角運動量の保存則から、翼の周りに循環の生じることが分かる。
 ただし、翼の下部の渦が剥離することは、数値シミュレーションによる知見で、定性的な理解することは不可能であろう。

4−3.展示化
 今回の演示から2−2−1風船のダンスと2−4−1パイプ内を昇る紙風船とを展示化し、既設展示「シュート」dの関連展示として設置した。これで、ベルヌーイの定理を説明しやすくなった。しかし、これらの装置による現象を自ずから不思議と感じる見学者は少ない。ほとんどの小学生は風船と戯れるだけである。装置を並べるだけでは意図を伝えるのは困難で、サイエンスショーのような効果はない。グラフィックなどで補強する必要がある。


図16.展示化した装置
「風のうらわざ」(左)と「風船のダンス」(右)


図17.風船と戯れる小学生。右が「シュート」。ふわふわと風船が浮き上がることが楽しいようである。

謝辞
 同僚の皆様には、有意義な助言を多くいただいた。また、サイエンスショー研究会に参加いただいたみなさまからも貴重な意見を頂いた。ここに謝意を表します。アクセスの早野治朗氏には装置の製作に協力いただいた。特に、翼モデルは当初、著者の思惑通りに機能しなかった。早野氏には試行錯誤をしていただき、サイエンスショーで使用できるまでに作り上げていただいた。さらに、演示実験の展示化においても、様々な工夫をしていただいた。ここに謝意を表します。

脚注
a ベルヌーイの定理は完全流体定常流の一流管内における保存則で、非圧縮の場合
+ρv/2=const.
と表される。ここでp,ρ,vはそれぞれ、流体の圧力、密度、速度。したがって、流れの速いところは圧力が小さく、逆に流れの遅いところは圧力が大きい。図1はこの圧力差による力を表現したものである。
b 例えば、インターネット検索で「揚力 ベルヌーイ」と入力すれば、多くの記事がヒットする。
c (1)(2)は揚力の生じている場合で、定常状態についての議論である。(4)の場合は、渦の変化を議論する非定常状態の議論である。両者を混乱させた議論が多い。
d 2−2−2「風でビーチボールを捕まえる」を体験する展示装置

参考文献
. 斎藤吉彦:大阪市立科学館研究報告5, 69 (1995)
. 川上新吾:大阪市立科学館研究報告9,101(1999)
. 伍井一夫:「楽しい風船の科学」新生出版
. 村田賢治:http://physics.atnifty.com/pdf/ 001005. pdf
. 渡辺儀輝: http://www.infosnow.ne.jp/~w_teru /lets /lets133.htm
. http://www.av8n.com/how/htm/airfoils.html
J. S. Denker: "See How It Flies" http://www.idra.unige.it/~irro/lecture_e.html
. 宮島龍興:「力学供彡倉書店