長谷川能三のHP研究報告誌  大阪市立科学館研究報告13,171-176(2003)



サイエンスショー「虹でさぐる光の世界」実施報告


長谷川 能三

大阪市立科学館


概要
 分光は、物理・化学・天文学などさまざまな分野において重要な測定・観測手段である。しかし、「分光」という言葉や光源によってスペクトルが異なることはあまり知られていない。そこで、2003年 3月1日から(2003年5月25日まで実施予定)のサイエンスショー「虹でさぐる光の世界」では、虹をイントロダクションとして、さまざまな光のスペクトルを来館者に観察していただく、分光に関する実験を行なっている。以下に本サイエンスショーについて報告する。

1.はじめに
 1999年3〜5月に行なったサイエンスショー「ひかり・ぴかり・きらっ」でも、分光と電球や蛍光灯のしくみを取り上げた。今回のサイエンスショーでは、企画段階において、分光だけでなく偏光に関する実験も用意したが、限られた時間の中で2つのテーマを取り上げることは難しく、結局テーマを分光に絞った。その分、高圧ナトリウム灯を取り上げるなど、内容の充実を図った。

2.実験内容
 サイエンスショーでは、主に以下のような実験を行なった。ただし、時間的にすべての実験を行なうには無理があり、見学者層や演示担当者により、実験の選択や順序は異なっている。
(1) プラスチックビーズによる虹
写真1.プラスチックビーズによる虹
 90cm×180cmのベニヤ板を艶消し黒色に塗り、細かな透明プラスチックビーズ(虹シート用として中村理科機器より販売されている)をスプレー糊で貼り付けたものを用意した。これに裸電球の光をあてると、ベニヤ板と電球を結ぶ直線上では虹が観察される。ただし客席が広いため全員に見ていただくには電球の位置を動かさなければならず、棒の先に電球を取り付けて電球を動かした。なお、板に直接触れるとビーズが落ちるため、板は放電装置等を置いてあるガラス張りの部屋の中に立てて使用した。
 日本では一般に虹は七色といわれるが、実際には虹は細く解像度が低いこともあり、なかなか七色には見えない。そこでこのプラスチックビーズによる虹では、どんな色が見えるか、全部で何色見えるかといったことに注目していただいた。


(2) 回折格子レプリカフィルムによる分光
写真2.新型(左)と旧型(右)の回折格子
 スペクトル観察を容易にするために、回折格子レプリカフィルムをスライドマウントにはさんだ物を多数用意し、見学者全員に配布した(サイエンスショー終了後に回収)。以前のサイエンスショーでは、正方格子状で格子間隔が4.8μm程度と格子間隔が広いもの(以下、旧型回折格子)を配布したが、今回は一次元格子で格子間隔が2μmのもの(以下、新型回折格子)を用意した。旧型回折格子はスペクトルが四方八方に出るため、どのような向きに回折格子を持っていてもスペクトルが観察できるという利点があるが、複数の光源のスペクトルを観察する場合にはスペクトルが重なり、観察しにくいという欠点がある。また、格子間隔が広いため直接見える光源の近くにスペクトルが現われるのでスペクトルを見つけやすいという利点があるが、解像度が低いという欠点があった。今回のサイエンスショーでは、複数の光源のスペクトルを比較することを考え、新型回折格子を用意した。しかし、解像度が高いため、低圧ナトリウム灯のスペクトルを観察した際、オレンジ色のD線以外の輝線スペクトルも見えてしまうという弊害も現われた。このため旧型回折格子も用意し、演示担当者や見学者層によって使い分けができるようにした。
写真3.新型回折格子によるスペクトル 写真4.旧型回折格子によるスペクトル


(3) 電球のスペクトル
 電球の光を回折格子レプリカフィルムで観察した。プラスチックビーズによる虹よりもかなり解像度が高いため、どのような色が全部で何色見えるかスペクトルを詳しく観察し、その上で、スペクトルの色は連続的に変化していて、何色あるか決まっていないことを説明した。


(4) 蛍光灯のスペクトル
 もう一つ身近な光源として、蛍光灯の光のスペクトルも観察した。身近な電球と蛍光灯でスペクトルが全く違うことを比較できるようにして見せ、さらに蛍光灯のスペクトルには輝線がいくつか含まれていることを説明した。なお、蛍光灯にはスペクトルがはっきりするように蛍光灯は縦にして、さらにスリットをかぶせた。また、ガラス部が透明な裸電球や殺菌灯を用い、電球と蛍光灯は発光機構が全く異なることを説明した。


(5) スペクトル管の光の分光
 写真5.スタンド一体型の
スペクトル管電源
 蛍光灯の仲間として、各種スペクトル管の光を観察した。ただし厳密には、蛍光灯は水銀の出す紫外線を蛍光物質で可視光に変えているため、直接可視光を出しているのを観察するスペクトル管とは、発光機構が異なる。スペクトル管は、比較的明るく発光する窒素・ヘリウム・ネオン・水素・水銀を用意した。
 今回使用した窒素のスペクトル管は、発光強度のバランスが従来のものと違うのかクリーム色に発光しており、ヘリウムのスペクトル管と非常に似た色であった(スペクトルは従来使っていたものと区別がつかない)。このため、見た目に似た色でもスペクトルは大きく異なることを説明するのに適していた。
 また、以前は誘導コイルとスタンドをクリップコードでつないでいたが、今回電源とスタンドが一体になったものを用意し、スムーズに実験が行なえるようになった。


(6) 低圧ナトリウム灯の光の分光
 輝線スペクトルの特殊なケースとして、低圧ナトリウム灯を観察した。以前は客席のどの位置からも見えるように、ナトリウムランプにはらせん状のスリットをかぶせたが、今回、スリット部に白い紙を貼ることにより光を拡散し、客席のどの席からも見え、かつスリットを垂直に保つようにした。
 また、スリットをはずして低圧ナトリウム灯で室内を照らすと顔や服などの色がわからなくなること示したり、このランプがトンネルの中でよく使われていたこと(現在では、高圧ナトリウム灯や水銀灯もかなり使われている)を説明した。


(7) 食塩の炎色反応
 カセットコンロやアルコールランプに食塩をふりかけ、炎がオレンジ色になることを示した。また、食塩をふりかけたアルコールランプの炎を低圧ナトリウム灯と並べ、同じ輝線スペクトルであることを示した。このとき比較のため、ライターの黄色い炎も並べ、ライターの炎だけが連続スペクトルとなることも示した。
写真6.ライターの炎(上)と 食塩をふりかけた 写真7.ナトリウムの光吸収による黒い炎
アルコールランプの炎(下)のスペクトル

(8) 黒い炎
 食塩をふりかけたアルコールランプを低圧ナトリウム灯で照らすと、低圧ナトリウム灯の光の一部は炎の中のナトリウムに吸収される。このため、低圧ナトリウム灯の光を背景にして、食塩をふりかけたアルコールランプの炎を見ると、炎が黒っぽいシルエットになる。しかし、見学者に何色に見えるか聞いてみると、黒や灰色に混じって白という声も少なからずあり、意外であった。
 なお、低圧ナトリウム灯とアルコールランプの間には、低圧ナトリウム灯の光を拡散するために模造紙で作ったスクリーンを置いた。


(9) 高圧ナトリウム灯
 写真8.高圧ナトリウム灯(上)と
低圧ナトリウム灯(下)のスペクトル
 ナトリウムの光吸収の応用例として、高圧ナトリウム灯のスペクトルを観察した。高圧ナトリウム灯は内部のナトリウム蒸気圧が高く、スペクトルを観察するとD線が太い吸収線になっている。
 高圧ナトリウム灯はやや白っぽいオレンジ色をしており、水銀灯と比べると暖かみのある色ということもあり、ここ数年、街灯としてよく使われるようになってきている。また前述の通り、トンネルの中の照明も低圧ナトリウム灯が少なくなっており、高圧ナトリウム灯や水銀灯が使われることが多くなってきた。このため、食塩の炎色反応を見せて「トンネルの中の照明の色」という表現も、だんだん適切ではなくなってきている。
 ちなみに、高圧ナトリウム灯には、低圧ナトリウム灯よりやや白みを帯びた程度の色の高効率のものと、かなり白っぽくややオレンジ色をしたという感じの高演彩(低効率)のものがある。街灯としては前者が多く使われているようだが、今回の実験では低出力のものを選んだため、高演彩(低効率)のものしか入手できなかった。


(10) 電球型蛍光灯
 写真9.電球(左)と
電球型蛍光灯(右)のスペクトル
 最近では電球型をした蛍光灯も普及してきている。そこで、外見(形・色調)の似たボール電球と電球型蛍光灯を用意した。この2つ光のスペクトルを観察してもらい、どちらが電球であるか、またもう一方は何であるかを考えてもらった。


(11) 蛍光灯の種類による違い
 ふだん使われている蛍光灯には、白色、昼白色、昼光色という色調の異なるものがある。「昼白色」を基準にすると、やや黄色みを帯びたものが「白色」、やや青みを帯びたものが「昼光色」である。しかし、これらの蛍光灯の光を分光しても、スペクトルにはほとんど違いは見られず、蛍光物質のわずかなバランスの違いで色調を変えていると思われる。
 逆に、同じ色調の蛍光灯でも、古いものと最近のものでは大きくスペクトルが異なる。これは、経年劣化ではなく、最近売られている蛍光灯がほとんどすべて三波長型と呼ばれるタイプに変わったからである。
 また、蛍光灯のスペクトルはメーカーによっても違うかもしれないと思っていたが、実際にはほとんどメーカーによる違いは見られなかった。
 このように一口に蛍光灯といっても、その違いがあるのかないのか、蛍光灯を並べて比較できるようにした。


(12) プリズムによる分光
写真10.計算が見えない電卓
 今回のサイエンスショーでは、ほとんどすべて回折格子によって分光を行なったが、その機構についてはふれなかった。しかし、分光させるものとしては、プリズムの方が一般には知られているので、スライドプロジェクターにスリットを入れ、その光をプリズムや回折格子で分光することを示した。
 約20分という限られた演示時間や、今回は分光だけを取り上げることにしたが、企画段階ではたとえば以下のような偏光についての実験も考えた。
(13) ブラックウォール
(14) セロハンテープでステンドグラス
(15) 計算が見えない電卓

3.考察
 回折格子レプリカフィルムを配った時のお客さんの反応は非常に大きく、説明をなかなか聞いてもらえないほどであった。しかしながら、このことから今回のサイエンスショーでは「さまざまなスペクトルを見て、分光というものに慣れ親しんでいただく」という目的は達成できていると思われる。
 しかし、光源によるスペクトルの違いを観察してもらおうとしても、光源の形や明るさによる違いに気を取られがちであり、光源の形や向きををなるべく統一し、スペクトルの様子に注目していただくように心がけた。
 また、回折格子は手の油等がついて格子を埋めてしまうと分光しなくなるなるため、スライドフィルム用のカバー袋に入れ、スライドマウントで挟んだものを配布した。スライドマウントが紙製のため徐々に傷んできたりして破棄したり紛失したために、時折補充する必要はあったが、平均するとサイエンスショー1回あたりの補充は2枚程度しにかなっていない。
 ちなみに、この回折格子レプリカフィルムについては、旧型のものを科学館1階のミュージアムショップでも販売し、3月末日までに536個販売した。ただ学校団体ではお小遣いを持っていない場合が多く、残念であった。
 今回、内容をほぼ分光のみに絞ったことにより、20分間の演示時間にほぼ収まるようになった。そこで、偏光に関する実験にについては、もっと実験の数を増やしストーリー立てすることにより、今後のサイエンスショーで取り上げていきたい。


[参考文献]
長谷川 能三
  『サイエンスショー「ひかり・ぴかり・きらっ」実施報告』 大阪市立科学館研究報告No.9,109 (1999)