長谷川能三のHP月刊『うちゅう』窮理の部屋  

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ BEER
窮理の部屋 25
おいしいビールの話

 よく冷えたビールをグッといっぱい…。 ビールがおいしい季節になってきましたね。 というわけで、今月は未成年の方やお酒を飲まれない方には申し訳ないのですが、おいしいビールの話です。 テレビや新聞では、「のどごし」がどうとか「コク」があるとか「キレ」がいいといったビールのコマーシャルをよく見かけますが、おいしいビールといっても今回のテーマは「のどごし」でも「コク」でも「キレ」でもなくて「泡」なのです。
写真1.ビール用マグカップ
 台所用品売り場などで、ビール用と書かれた陶器製のマグカップを売っていることがあります。 このマグカップにビールを注ぐと、細かいクリーミーな泡がたくさんできて、とても口当たりが良くなるのです。 どうしてこんなマグカップだと、クリーミーな泡になるのでしょうか?
 ビール用のマグカップと普通のマグカップでは、内側に釉薬(うわぐすり)がかけてあるかどうかという大きな違いがあります。 ビール用のマグカップは内側に釉薬がかけてなくて、素焼きのままになっています。 ですからさわると少しザラザラしています。 このザラザラが、クリーミーな泡の秘密なのです。
 ビールや炭酸飲料には、そもそも非常にたくさんの二酸化炭素が溶け込んでいます。 水にものを溶かしていくと、二酸化炭素に限らず砂糖や塩でも溶ける量には限りがあって、この限界までものを溶かし込んだ状態を飽和状態といいます。 ただし、この飽和状態になるまでに溶け込む量は、温度や圧力によって変わります。 例えば塩は、20℃では100gの水に36g溶けますが、80℃のお湯には38g溶けるようになります。 とすると、80℃のお湯100gに38gの塩を溶かし込んでおいて、これを20℃まで冷やすとどうなるでしょうか。 20℃では36gしか溶けませんから、残りの2gは溶けきれなくなって出てくるはずです。 ところが、ゆっくり静かに温度を下げていくと、20℃まで温度が下がっても38gの塩が溶けたままということがあります。 このように、本来溶けるはずの量よりたくさんものが溶け込んでいる状態を過飽和状態といいます。
 過飽和状態で余分に溶け込んでいるものは、何かきっかけがあると出てきます。 例えばかき回すといった動がきっかけになったり、「類は友を呼ぶ」ように、塩の粒を入れるとその粒がだんだん大きくなったりします。
 さて話を元に戻すと…。 ビールや炭酸飲料には非常にたくさんの二酸化炭素が溶け込んでいますが、これは過飽和状態になっているのでしょうか。 ビンや缶のふたを開けるまでは、中には大きな圧力がかかっています。 二酸化炭素は、塩と違って温度が低い方がたくさん水に溶けますが、それだけではなく圧力が高いほどよく溶けます。 ですから、溶け込んでいる二酸化炭素の量と溶け残っている二酸化炭素による圧力のつじつまが合って、ちょうど飽和状態になっているのです。
 しかし、ふたを開けると事情は大きく変わります。 ふたを開けたことによって、圧力は1気圧に下がってしまうので、本来溶け込むことができる二酸化炭素の量は少なくなってしまいます。 このため、ふたを開けたとたん、過飽和状態になってしまい、余分に溶け込んでいる二酸化炭素は、外へ出る機会をうかがっているのです。
 ここで、やっと登場するのがビール用のマグカップです。 内側が素焼きのままですから、このザラザラの中には空気が細かい気泡となって残っています。 過飽和状態の食塩水に塩の粒を入れるとその粒が大きくなっていくように、マグカップの内側の気泡には、余分に溶けている二酸化炭素が出てきやすくて、気泡がだんだん大きくなっていきます。 また、素焼きのザラザラが細かいために、この気泡は少し大きくなるだけで、すぐにマグカップからはがれてビールの表面に浮いてきます。 さらに、少し大きくなった気泡がはがれた後には、小さな気泡が残るため、次から次へと細かい泡が出てくるのです。
写真2.シャンパンの泡
図1.素焼きの表面から泡が出る様子
 逆に、あまりにもきれいに洗ったガラスのコップでは、二酸化炭素が出てくるきっかけを失ってしまいます。 そこで、シャンパングラスのなかには、内側の底の部分に、わざと小さな傷をつけたものがあります。 すると、この傷の中に残った小さな気泡がきっかけとなり、二酸化炭素が出てくるのです。 ほんの小さな傷なので、あたかもシャンパングラスの底の何もないところからひとすじの泡が上がっていくように見えます。
大阪市立科学館 友の会 『月刊うちゅう』 2000年7月号