長谷川能三のHP月刊『うちゅう』窮理の部屋  

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窮理の部屋 43
水割りの氷を揺らしながら…

 私は寒いのが苦手で冬はあまり好きではないのですが、子どもの頃、冬の特に寒い日の朝は、水たまりや池に氷が張っているのが楽しみでした。 もっとも氷が張るといっても人が上に乗れるほどの氷はめったにありませんでしたから、割って遊んでいただけですが…。 でもこのように池の表面に氷が張るのは、水が非常に特殊な物質だからなのです。
 水はとても身近なものですから、氷が水に浮かぶことに何のふしぎも感じないかもしれません。 もちろん白っぽく見える氷には気泡が入って、その分軽くなっていますが、気泡の入っていない透明な氷でもちゃんと水に浮かびます。 ところが世の中のほとんどの物質では、「その物質の固体のもの」を「その物質の液体」の中に入れると、底に沈んでしまうのです。 これは、固体になったときの方が原子や分子の間の隙間が小さくなるからですが、氷は分子の間の隙間が大きくなる並び方をしているのです。 ジュースを急いで冷やそうと冷凍庫に入れたら、凍って破裂したなんて経験があるかもしれませんね。 このように、水は凍ると体積が増える、つまり同じ体積では水より氷の方が軽いのです。
 それでは、凍る前の水そのものはというと、冷やしていくと少しだけ体積が小さくなりますが、一番体積が小さくなるのは約4℃で、4℃から0℃までは冷やすにつれて逆に体積が少しずつ増えていきます。 同じ体積のおもさでいい直すと、水は冷やすにつれて少し重くなりますが、一番重いのは4℃の水で、それより冷やすと少し軽くなるのです。
 さてそれでは、冬の寒い日、池の水がどのように冷えていくか考えてみましょう。 池の上を寒い風が吹いていると、空気の冷たさだけでなく、池の水が少し蒸発して気化熱を奪っていきます。 このため、池の水は水面から冷やされていきます。 池の水が4℃より温かいと、水面で冷やされた水は重くなって、池の底の方へ沈んでいきます。 代わりに、まだあまり冷やされていない温かい水が水面にあがってきます。 このように冷やされた水が下へ、まだ冷えていない水が上へあがって冷やされて…という対流がおきるため、池の水はまんべんなく冷やされていきます。
 ところが、池の水が全て4℃まで下がると状況は変わります。 水が4℃より冷たくなっても、冷えた水が池の底へ沈むことはありません。 当然、池の底の方の水が水面の方へあがってくることもなくなります。 池の水面付近の水はどんどん温度が下がっていくのに、対流がおこらないので、池の底の方の水はなかなか温度が下がらなくなってしまいます。 こうして水面近くの水だけがよく冷やされてやがて凍ってしまうのです。 また、この氷や冷たい水の層が上にあるので、池の底の方の水までは冷たいのがなかなか伝わってこない(池の底の方の水から熱が逃げにくい)のです。
 それではもし、水は温度が低いほど体積が小さく(同じ体積では重く)なり、さらにそれよりも氷の方が体積が小さく(重く)なるとすると、世の中はどうなっているでしょう?
 池の水は4℃より冷たくなっても対流が続き、0℃になるまでどんどんまんべんなく冷やされていきます。 そして、さらに池の水が冷やされると水面の水が凍りますが、その氷は池の底へ沈んでいきます。 次々に水面で氷ができては沈んでいき、池は底の方から氷だらけになってしまいます。
 底に氷がたまった池の夜が明けるとどうなるでしょう? まわりが暖かくなってきて、水面から暖められたとしても、暖かくなった水はさらに軽くなって水面近くにいるままです。 池の底の方の冷たい水が上へあがってくることはありません。
 そして、昼間あまり暖められなかった池に、また夜がやってきます。 昨夜の氷がほとんど融けなかったところにさらに氷がたまり、やがてこの池は底から表面まで全て氷になってしまうでしょう。 底まで凍ったこの池は、やがて春が来たとしてもなかなか融けないでしょう。
 氷が水に浮く、当たり前のことのようですが、もし氷が水に沈んでしまうような世の中だったら、氷河期が続いているのかもしれませんね。
大阪市立科学館 友の会 『月刊うちゅう』 2002年2月号