長谷川能三のHP月刊『うちゅう』窮理の部屋  

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ POLARIZING FILTER
窮理の部屋 55
数字が見えない電卓

 「偏光フィルター」ってご存じでしょうか? カメラのフィルターで、ガラスや水面での反射光を押さえるのに使ったりします。 水面での反射光を押さえるので、 釣り道具屋さんでは偏光フィルターを使ったサングラスも売られていて、 このサングラスをかけると水の中のようすが見やすくなります。 また、フルカラーの3D映像を見るときにかけるメガネにも使われていたりします。
 そもそも「偏光」という字は「光の偏(かたよ)り」と書きますが、 光の何がどう偏っているというのでしょう。 光には波の性質がありますが、 ここでは海の波よりも長くのばしたロープを振ってうねらせたような波を イメージしてもらった方がいいかもしれません。 ロープを上下に振れば上下にうねった波ができますし、 左右に振れば左右にうねった波ができます。 例えば、このうねりが上下ばかりに偏っているのか、 上下や左右にうねったロープが入り乱れているのかが、 光が偏光しているかしていないかにあたります(図1)。
 偏光フィルターは、ある方向に偏光した光は通しても、 別な方向に偏光した光は通さないフィルターです。 ですから、2枚の偏光フィルターを直角に重ねると、 図2のように全く光を通さなくなってしまいます。
 さて、最初にこの偏光フィルターは、 カメラのフィルターや釣り用のサングラスに使われていると書きましたが、 もっと身近なところにもたくさん使われています。 私は今、この原稿を書くのにノートパソコンを使っているのですが、 そのパソコンの画面、液晶ディスプレイにも偏光フィルターが使われています。
 「液晶」というのは、液体の「液」と結晶の「晶」を組み合わせた名前で、 英語でも"liquid crystal"(液体結晶)といいます。 液体はひとつひとつの分子(もしくは原子)が自由に動くことができて、 全体としても形がどうにでも変化するので流れてしまいます。 結晶は分子(もしくは原子)が規則正しくならんでいて、 分子が自由に動きまわることができませんから、全体としても一定の形を保っています。 液晶は、この相反する2つの性質を兼ね備えているのです。 隣り合わせの分子どうしは、お互いに並ぼうとするのですが、 その結びつきは結晶のように強くありません。 このため、電気の力や容器の表面との相性というようなちょっとしたことで、 分子の並びが変わってしまうのです。 パソコンのモニタや電卓の表示に使われている液晶は、 電気の力で液晶の分子の並びが変化すると、 光の偏光の向きを変えたり変えなかったりします。
 図2のように2枚の偏光フィルターを直角に重ねると光を通さないので真っ黒に見えますが、 間に液晶を入れておけば光の偏光の向きを変えて光が通るようになったり、 偏光の向きを変えずに真っ黒になったりします。 電卓や時計の液晶表示は、このように光が通る・通らないを使って数字を表示していますし、 パソコンや携帯電話のカラーディスプレイなどは 赤・緑・青の光を通したり通さなかったりする小さな点をたくさん並べて、 カラー画像を表示しています。
 このように液晶表示部分には、表と裏に偏光フィルターが貼ってあるのですが、 これをはがしてしまうとどうなるでしょう。 写真1は、電卓の液晶表示部分の表の偏光フィルターだけをはがしてしまったものです。 全く数字が見えませんが、ちゃんと数字は入力されています。 その証拠に、3D用のメガネで見ると数字が見えますね(写真2)。 ところが、このメガネの左目のところを通して見てみると、 なんと白黒が反転してしまいました。偏光フィルターの向きが違うと、 光が通っていたところが通らなくなって、通らなかったところが通るようになったんですね。
写真1.偏光フィルターを 写真2.3D映像用メガネ 写真3.白黒反転した
はがした電卓 を通して見ると… 数字
大阪市立科学館 友の会 『月刊うちゅう』 2003年2月号