『科学談話室』の話題より
磁 石 と 水 再 考
2001/09/26 話題提供
2001/10/07 最終更新
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この話題は 磁石と水分子  からの続きです 


[danwa:0551] 磁石と水再考(1)
Date:Wed, 26 Sep 2001 12:30:10 From: apj
apjともうします。

 大阪市立科学館のホームページを見ていたら、談話室を見つけました。 随分前ですが磁石と水の話題が出ていて、私も話題提供できそうなので 談話室に参加させていただくことにしました。
[danwa:0300]に始まるURIさんの投稿が去年の9月ですから、ほぼ1年ぶり ということになりますね。

 確かに、磁気処理装置の会社のページを見ると、水分子が小さな磁石で あるかのような説明がたくさんでてきます。しかしこれは間違いです。

 磁性という点からは、水は「反磁性体」です。磁性体とは、たとえば鉄の ように磁石に引きつけられたり、磁石になったりする性質をもつ物質の ことです。反磁性体は、磁石があると、逆に磁石から遠ざかろうとする 性質を持ちます。もっとも、普通の永久磁石程度の磁場では水が反磁性体 であることはわかりません。しかし、超伝導電磁石で作るような強い磁場 (数テスラ程度)を用いると観測することができます。
 細長い水槽に水を入れて、超伝導電磁石を横向きにして中に水槽を入れ ます。磁石の中心付近は磁場が強く、離れるほど磁場が弱くなっています から、水は磁場の弱い方に移動して、水槽の中央の水面がへこんで両端が 盛り上がるという現象が見えます。これをモーゼ効果(真面目な学術用語です) といいます。モーゼは出エジプト記のモーゼで、海の水を分けた話が聖書 に出てきますね。
 次に、水に硫酸銅など、磁性を持つ金属イオンを含むものを溶かします。 この水溶液に対して同じ実験をすると、磁性金属イオンが磁場に引きつけられ るために、今度は水槽中央の水面が盛り上がってきます。これを逆モーゼ 効果といいます。

 水自身は反磁性体ですから、磁場によって磁化されることはありません。 案外このことは一般に知られていないようです。磁性体の方は市販の磁石 を近づければすぐにわかりますが、反磁性体の方は大がかりな超伝導磁石 がないとわからないので、日常経験することが無いからかもしれません。

 水には酸素や二酸化炭素がとけ込んでいます。酸素分子は常磁性体です。 モーゼ効果の実験で、細長い水槽を超電導磁石に入れてしばらく置きます。 取り出す前に、水槽に仕切り板を入れて、水が混じらないようにしてから そっと取り出して、仕切りごとに水の溶存酸素濃度を測定すると、水槽中央 で濃度が高くなっています。磁石によって溶けている酸素分子が引っ張ら れて、水槽中央に集まったことがわかります。

 多くの業者の説明では、「水が磁化される」と堂々と書いています。その ような業者にきいてみると、水に磁場を通過させることを業界では「磁化」 と呼ぶということでした。これは非常に誤解を招きやすい表現だと思います。 既に「磁化magnetization」という学術用語が広く知られているわけです から、勝手に違う意味に使われるとわけがわからなくなってしまいます。 まずは、水に磁場を通過させることを「磁気処理」と正確に呼ぶべきでは ないでしょうか。


[danwa:0552] 磁石と水再考(2)
Date:Wed, 26 Sep 2001 14:19:31 From: apj
apjです。

 水処理の説明にはすぐに飛びつかず、いくつかに分けて考える必要が あります。

 たとえば、「磁気処理した水はおいしくて体にいいし、赤水の影響もなくなる。 これは、磁気の効果で水のクラスターが小さくなったからだ」という、ありがち な説明を例にとってみます。

(1)効果は本物か?
 「磁気処理した水はおいしい」「体にいい」と言われている現象が本当か どうかをまず確認しなければなりません。
 「おいしい」「体にいい」、あるいは「病気が改善した」という体験談が 出てくることがしばしばありますが、実は体験談は、効果があることの証拠 にはならないのです。ある水を「おいしい」と感じることは、普通に生活して いても良くあることです。本当に「おいしい」ことを言うには、いろんな人 を集めて調べないといけません。人間の味の感じ方は、個人差も体調による 違いも暗示の効果も入ってきますから、たとえばコップに水を入れたものを 2個ずつペアにして、そのうちのいくつかは全くおなじ水が入ったもの、 別のいくつかは、磁気処理水とそうでないものにしておき、飲む人には知ら せないで、飲んだときに違いがあるかどうかを答えてもらうという方法が あります。同じ水に対して「一方がおいしい」と判定してしまう率と、磁気水 の方をおいしいと判定する率を比べて、ちゃんと差が出るかどうかを調べない と、「おいしい」という結論を出せないと思います。
 「体にいい」「病気がなおった」という体験談についても同じで、何も しなくても病気が良くなったり体調が良くなったりすることはありますから それとくらべてどの程度差があるかを調べないと、効果があるかどうかに ついては何も言えないのです。
 この効果の部分が確定していないと、架空の効果の原因についてあれこれ 調べることになりかねません。

(2)磁気の効果で水のクラスターが小さくなるか?
 「クラスター」を測定する方法があるのかどうかを確認することになります。 測定方法が正しいかどうかも検討する必要があります。

(3)クラスターが小さい−>おいしい、体にいい、は本当か?
 味覚のメカニズムがまだ解明されていませんから、水の味をどうやって 感じているかについては、はっきりしたことは言えないと思います。
 また、「クラスターの小さい水は吸収がいい」という説明が出てくること もありますが、水が吸収されるときは細胞膜を通して吸収されますし、 人体には「恒常性の維持」という機能があって、水分や電解質量が一定に 保たれるようになっています。ある特定の化合物の形でないと吸収されない ような物質なら化学的変化と吸収のしやすさが関係するでしょうが、水のよう に化学変化せずに吸収される物質の場合は、細胞膜を通るときの吸収のされやすさ に違いが出るというのはかなり変な話だと思います。第一、胃に入った時点 で胃液の塩酸と混じり、その他の食べ物や消化液と混じってから吸収される わけですから、水に何らかの物理的変化があったとしても、それが保たれる ということはかなり考えにくいことではないでしょうか。


[danwa:0553] 磁石と水再考(3)
Date:Wed, 26 Sep 2001 17:01:01 From: apj
apjです。

1年ほど前の談話室の話題にコメントしてみます。

・[danwa:0300]磁石と水分子(磁石の不思議)
 磁石を水道管に取り付けるのはいいんですが、水道管の材料が鉄だったら 磁石から出る磁束はほとんど鉄の部分を通り、鉄管内部の水の部分にかかる 磁束が減ってしまって、水に磁場がかからないんじゃないでしょうか。
 管内部の水に磁場をかけたいのであれば、非磁性の材料でできた管のところ に活水器をとりつけるといいと思います。

 地磁気程度の大きさの磁場は、建物の中ではどっち向きでも不思議は ありません。以前に大学で測定したら、地磁気が垂直方向を向いていた ことがありました。エレベーターに沿って鉄柱が1階から5階まで貫いて いるのですが、その鉄が磁化したためそのまわりでは磁場が垂直向きに なってしまったようです。

・[danwa:0303]磁石と水分子(磁石の不思議)
 実は、巷で宣伝される液体状態での水クラスターの話は、誤解に基づいて 広まってしまったものです。このいきさつは少し専門的になりますが、 http://atom11.phys.ocha.ac.jp/water/water_cluster.html にて公開しています。

 MRIの画像再構成は、もともと3次元再構成です。2次元画像だと画像の 点をピクセルといいますが、画像要素が立体の場合はボクセルといいます。 各ボクセルにどういう値を割り当てるかを計算で出したあと、立体画像を 切りなおして2次元断層像を作っています。
 超伝導電磁石の磁場が強いので、患者を乗せるストレッチャーが勝手に 走り出して磁石に激突して装置が壊れるということもあったそうです。 磁石の中は結構狭いので、閉所恐怖症の患者には検査ができないという話 でした。

・[danwa:0307]磁石と水分子(磁石の不思議)
 スピンですが、電子、陽子、中性子などの素粒子に固有の量だという 理解でいいと思います。これらの粒子に質量・電荷があるというのは 高校の教科書で出てきますが、この質量・電荷というのと同じように スピンという量も持っているということです。運動する電荷の話と スピンを結びつけると逆に誤解する可能性があります。Dirac方程式まで いくとスピンが自然に入ってきたと記憶してるんですが、ちょっと専門的 すぎるので、このへんの話については「スピンはめぐる」(朝永振一郎著 中央公論社)という本をおすすめしたいです。

 水分子の分極は、分子内の電荷の分布が偏っているということです。 これによって作られるのは電気双極子モーメントです。磁気とは関係 ありません。磁場ではなくて、電場をかけた場合に水分子の方向が 多少は揃うはずですが、熱揺らぎがあるので整列はしません。何となく 電場の方向を向いてることが多いかな、という程度の話です。

・[danwa:0313]磁石と水分子(磁石の不思議)
 NMRの磁場やラジオ波では、水分子の運動そのものが変わることは ありません。通常のNMRの実験では、核スピンの状態を測定することで 分子の運動を推定しています。磁場やラジオ波で分子の運動が変わるの ならば、装置によって磁場の強さが違いますから、緩和時間の測定結果が 装置依存するなどということが起きて、もうとっくに誰かが気付いて いるはずです。これまでのところ、そういう話はありません。

 磁石で水をかき混ぜるのも普段やっています。マグネティックスターラー という実験機器がありまして、モーターに永久磁石がついていて回る ようになっています。装置の上に溶液をいれたビーカーを置いて、液の 中にテフロンで覆われた永久磁石を入れて回してかき混ぜます。磁石で 水が変わるなら、スターラーでかき混ぜたときとガラス棒でかき混ぜた ときで、いろんな化学実験の結果が違いが生じないとおかしいはずですが、 そういう話は今のところありません。

・[danwa:0351]磁石と水分子(磁石の不思議)
 テレビ番組についてのコメントです。梅雨頃に、特命リサーチの 製作会社の人と話をしました。そのときは「6角形の水」と「フンザ 王国の長寿の水」が話題でした。製作会社の人の話では、 「もし、長寿の水を調べていった結果、長寿の原因が水ではなくて そこの部族の人が長寿の遺伝子を持っているということになったら 番組としてはよろしくない。水が原因であればそれと似た水を飲めばいい という夢を視聴者に与えることができるが、遺伝子だということに なると番組を見た人がどうしようもなくなってしまうのでだめだ。 だから、遺伝子だという決定的証拠がでないうちは、含みを持たせて 視聴者がいろいろなことができるような形で番組を作る。」という ことを言ってました。また、特定の製品をけなすと営業妨害で訴訟になり かねないし、無責任に推薦することもでえきないということでした。 いろいろ苦労して番組を作っているのだなあと思いました。


[danwa:0554] 磁石と水再考(4)
Date:Wed, 26 Sep 2001 18:34:07 From: apj
apjです。

 いろいろ書きましたが、磁気活水器は効果がないわけでもなさそうです。 「磁場が水そのものに対して物理的変化を及ぼす」ということは、今の ところ証拠がありませんし、水の研究の現状を見る限り、ほとんど無さそう です。しかし、水道水には不純物が含まれています。「不純物 に対する磁場の効果」は、国内外の大学の実験室でいくつか見つかって きています。

・磁場環境化で、炭酸カルシウムの結晶ができるときの形や大きさが違う
・磁場によってコロイド分散系の凝集に差が出る
・磁場によって、鉄イオンの2価−>3価に酸化される速度に違いが出る
・磁場によって、Fe3O4の生成反応が促進される

 今までの所、これらの現象に水の物性が役割を果たしているという根拠 は何もありませんし、現象が起きる理由の説明はまだこれからの研究課題 です。
 これらの現象は、実験室で確認されていますが、磁気活水器が使用される 環境や条件で効果的に起こるかは、まだはっきりとはわかっていません。 赤錆抑制やスケール抑制には一定の効果が出ることが期待できますが、 どうすると効果の再現性を良くできるかは、現在、いくつかの業者による 調査研究が進んでいます。いずれ、実験室で見つかった現象を説明する 理論が作られ、それを現場で応用する確実な方法も見出されるとは思います。

 磁気活水器については、効果があったという報告と無かったという苦情の 両方があります。技術としてはまだ押さえ切れていない部分があるからだ と思います。

 いずれにしても、磁気水は驚異の水でも何でもなくて、水の中の不純物に 対する磁場の効果から、統一的な説明が可能になるだろうと、私は予想 しています。


[danwa:0555] Re: 磁石と水再考(1)
Date:Thu, 27 Sep 2001 10:02:40 From: 長谷川
apjさん、談話室のみなさん、こんにちは。長谷川です。

apjさん [danwa:0551]
> もっとも、普通の永久磁石程度の磁場では水が反磁性体
> であることはわかりません。しかし、超伝導電磁石で作るような強い磁場
> (数テスラ程度)を用いると観測することができます。
普通の永久磁石(フェライト磁石)ではありませんが、最近はネオジム磁石が割 と手に入りやすい(例えば東急ハンズで売っているので、一般の人でも買える) ので、ネオジム磁石でできる反磁性の実験は、あちこちの普及書で紹介される ようになっています。

やじろべえを、例えばプチトマトをおもりにして作って、プチトマトにネオジ ム磁石を横から近づけると、やじろべえが支点を中心に水平にまわります。こ れはプチトマトに含まれている水の反磁性によるということです。


[danwa:0556] Re: 磁石と水再考(1)
Date:Thu, 27 Sep 2001 17:35:22 From: apj
apjです。

At 10:02 AM +0900 01.9.27, 長谷川 wrote:
>普通の永久磁石(フェライト磁石)ではありませんが、最近はネオジム磁石が割
>と手に入りやすい(例えば東急ハンズで売っているので、一般の人でも買える)
>ので、ネオジム磁石でできる反磁性の実験は、あちこちの普及書で紹介される
>ようになっています。

 これはいいですね。
 私が磁石について習った頃は、磁石にくっつくものとくっつかないものの 2分類でした。大学の卒業研究が磁性の研究室でしたが、そこで、 ネオジウム磁石の見本を業者の人が置いていったのを記憶しています。

 水の反磁性がわかる実験や、水にいろんなものを溶かしたときに、水溶液 が常磁性になるという実験のデモがあると、教育的ではないかと思います。

 ところで、「普及書」ってどういうものがあるのでしょうか。 書店のどういうジャンルのところを探せば見つかるでしょうか。


[danwa:0557] Re: 磁石と水再考(1)
Date:Fri, 28 Sep 2001 15:25:41 From: 長谷川
apjさん、談話室のみなさん、こんにちは。長谷川です。

長谷川 [danwa:0555]
> 普通の永久磁石(フェライト磁石)ではありませんが、最近はネオジム磁石が割
> と手に入りやすい(例えば東急ハンズで売っているので、一般の人でも買える)
> ので、ネオジム磁石でできる反磁性の実験は、あちこちの普及書で紹介される
> ようになっています。

apjさん [danwa:0556]
>  ところで、「普及書」ってどういうものがあるのでしょうか。
> 書店のどういうジャンルのところを探せば見つかるでしょうか。

手元の本をいくつか見てみると、例えば
「ガリレオ工房の身近な道具で大実験」滝川洋二・石崎喜治編著(大月書店)
「ものづくりハンドブック3」楽しい授業編集委員会編(仮説社)
にこの実験が載っていて、どちらも名古屋市西陵商業高校の山田正男先生が書 かれています。

大きな書店なら、物理や化学やもっと細かく分かれている棚ではなく、「科学 一般」と書かれているような棚を探すと、この手の本がたくさん出ています。 もしくは、教育関係の棚においてある書店もあります。


[danwa:0561] Re: 磁石と水再考
Date:Sun, 7 Oct 2001 11:03:50 From: 長谷川
談話室のみなさん、こんにちは。長谷川です。

ちょっとジャンルが違うかもしれませんが、今夜9時からのNHKスペシャル で「ウォータービジネス・水を金に変える男」というのが放送されます。

詳しくは http://www.nhk.or.jp/special/schedule.html#2 をどうぞ。


・・・さて、この先 話はどうなるのか?お楽しみに!・・・
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