アフタヌーン・レクチャー第1シリーズ

相対論的宇宙論入門〜ビッグバンの正しい間違え方〜【4】


2005年10月14日(金)14:00〜15:30

『「直観的にピンとこない」などといってダダをこねている人がいるが、フィーリングや直観や思考の枠などというのは、人生経験や学習で変わっていくものである。変わるために生きているのである。』  (佐藤文隆)


0.ビッグバンの正しい間違え方

 ビッグバンは相対論的宇宙論の枠組みの中で結論付けられる宇宙の始まりの状態である。 相対論的宇宙論では必ず「宇宙原理」を仮定しているので、ビッグバンもまた、宇宙原理を仮定した上で解釈されるべきものである。
 当レクチャー最終回では、ビッグバン、そして宇宙膨張にまつわる様々な誤解を解いていきたい。


1.ビッグバンは大爆発か?

爆発」:圧力の急激な発生または解放の結果、熱・光・音などと共に破壊作用を伴う現象(広辞苑)・・・花火、ガス爆発、爆弾、超新星爆発、etc.



ビッグバン」:宇宙最初期、宇宙には光と熱があふれ、高温・高密度状態だった(ガモフの"原始火の玉")

とは物理的に全く違う現象である(もともと"ビッグバン"というネーミングも大爆発を意味するわけではない)。


ビッグバンと爆発現象の違い

(1)ビッグバンにおいて熱エネルギー(光と熱)は、引力(重力)として働く(E=Mc2

   → ビッグバン後、光と熱が宇宙に満ち溢れると、宇宙膨張にはブレーキがかかって、減速する

(2)宇宙には場所による圧力(温度、密度)の違いはない(宇宙原理)

圧力が力として働くのは圧力差の境界上である    ⇔ 圧力は、高い所と低い所があって初めて、その境界で力として働く:ビッグバンでは「力の働く向き」というものが存在しない

(3)宇宙には爆発の中心はない(宇宙原理)

   → ビッグバンは宇宙のありとあらゆる場所で同時・同様に起きた:
 宇宙原理を仮定しているので、「ビッグバンはどこで起きた?」という問いは無意味である

(4)宇宙膨張は空間の中の圧力の解放ではなく、空間そのものの膨張である

   → 物体(天体)が飛び散っているわけではない:
 宇宙原理を仮定しているので、誰も花火のような"爆発的な様子"を見ることはできない (ビッグバンや宇宙膨張をを映像化するに当たり、爆発のイメージや膨らむ風船を見受けるが、そのような様子を描くことは宇宙原理上、不可能である)


2.銀河は高速で後退しているか?

ハッブルの法則遠方の銀河は距離に応じて赤方偏移する



宇宙論的赤方偏移宇宙が膨張しているため、伝播する光も距離(時間)に応じて波長が伸びる

によるものであり、銀河が後退しているために生じるドップラー効果ではない。
 「後退速度」は相対論的宇宙論の誕生(1917年)より70年以上前から慣れ親しんだドップラー効果(1842年)の用語を使って、 銀河の赤方偏移量を書き表しただけの便宜的なものである(なにごとも言葉そのものの意味にとらわれてはいけない)。


ドップラー効果と宇宙論的赤方偏移との違い

(1)ドップラー効果は物体(天体)が空間に対して運動しているときのみ生じる

   ⇔ 銀河は空間(宇宙背景放射)に対して動いていない(※銀河同士の相互作用がない場合)

(2)赤方偏移がドップラー効果による場合、赤方偏移が1以上のものは観測されないはず

   ⇔ 現在、赤方偏移9程度の天体も発見されている
赤方偏移と「後退速度」の関係
 宇宙では遠方の銀河まで大局的に成立する慣性系を定義することはできないので、 そもそも「相対速度」という量を導入することはできない(銀河の赤方偏移は特殊相対論ではなく、一般相対論の領分である)が、宇宙膨張による「後退速度」を 「膨張率」×「距離」で定義すれば、上図のようになる。
 ドップラー効果(特殊相対論)では速度は光速を超えることはないが、「後退速度」は赤方偏移1程度のところで光速を超えている。 

3.宇宙には果てがあるか?

宇宙原理宇宙は一様・等方である=宇宙には中心や端といった特別な場所がない」を仮定しているのだから、

「果て」が空間の終端を意味するなら、当然「×」であるが、

「果て」という言葉には「人知の及ばないところ」という意味もあり(cf.世界の果て、地の果て)、

「果て」が観測の限界を意味するなら「」となる。

 いまだ人類が見たことのない場所は宇宙のいたるところにあり、「宇宙の果て」も距離にかかわらず、いたるところに存在する。

 また、宇宙は有限の昔(137億年前)に誕生したので、人類が絶対に観測できない限界もある。 これを「地平線」と呼ぶ。
 宇宙の地平線は、地球の地平線で地球が途切れているわけではないのと同じように、 宇宙が途切れているわけではない。 もし一瞬で数100億光年先まで飛ぶことができれば、 そこからも同じような宇宙が「地平線」まで続いているのを見ることができる。

 もっとも、地球の地平線はもやで霞んで見えないことが多いのと同様、宇宙の場合も、 地平線の手前に「宇宙背景放射」があり、地平線まで見通すことは現実にはできない。


4.宇宙膨張によって地球や太陽系も広がっているのか?

 宇宙の密度・宇宙項は極めて小さい;宇宙膨張の効果は宇宙的規模でなければ働かない

 → 地球、太陽系、銀河、銀河団などの天体の密度は宇宙の密度よりはるかに大きいため、 天体は宇宙膨張から"切り離されて"、自己重力によって独自の進化をしている (だからこそ"天体"として個を確立している)。

※宿 題:

 ビッグバンについての誤解は前提となる宇宙原理を疎かに扱ったために生じています。
 世の中でも、物事の結論を導いたり、原因を推測したりするために、何かを仮定しているにもかかわらず、結論だけ、原因だけ、数値だけを提示して、前提条件をうやむやに扱うことが多いです。
 今後、生活していく上で何か数値データが提示されたときは、前提となっている仮定は何か、数値の比較対象は何か、を念頭において検討してみてください。



石坂千春のページ


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