ルメートルの失われた栄誉

膨張宇宙の第一発見者はだれ?

 「宇宙が膨張している!」
 20世紀中で、もっとも重要な天文学的発見とされる膨張宇宙の証拠を初めて発表したのは、アメリカの天文学者エドウィン・ハッブル(図中、右の人物)だとされています(1929年)。
 だからこそ、宇宙の膨張の仕方は「ハッブルの法則」、 膨張率を表わす数字は「ハッブル数」と呼ばれています。 さらに、宇宙を探る最高性能の宇宙望遠鏡=ハッブル宇宙望遠鏡HSTに、その名が刻まれています。
 
 ところが、ハッブルが宇宙膨張の証拠を発表する2年前、1927年に、ハッブルと同じデータを使い、同じ結果を出して発表していた人がいました。
 それが、ベルギーの聖職者ジョルジュ・ルメートルです(図中、左の人物)。
E.ハッブル(右)とG.ルメートル(左)[ NASA, ESA, and A. Feild (STScI)]

 ルメートルは1922年にアメリカの天文学者V.スライファーが発表した銀河の赤方偏移のデータと、 1926年にハッブルが発表した銀河の距離のデータを組み合わせ、宇宙が膨張している証拠をつかみました。
 そして、アインシュタインの一般相対性理論の方程式を解き、膨張宇宙の式を見出して、1927年論文として発表しました。 この論文の中で、ルメートルは宇宙の膨張率まで計算し、脚注に記載しています。
 ただし、この論文はフランス語で書かれ、ベルギーの「ブリュッセル科学協会報」に掲載されました。 当時の英語圏の研究者は、ほとんど誰も読まない雑誌です。

 2年後、ハッブルが、同じデータを使い、ほぼ同じ宇宙膨張率を見出して発表しました。

 その2年後、1931年に、イギリスの権威ある研究報告誌「英国天文月報」に、ルメートルの論文が英語に翻訳されて掲載されました。
 ところが、その英語訳の論文からは、肝心な「宇宙膨張の観測的証拠」についての部分が、ごっそりと無くなっていました。

 その事実が明らかになると、「誰がルメートルの論文に“手を掛けた”のだ!?」という(ある種マニアックな)論争が起きました。 はては、ハッブルが手を回したのだ、とか、英国天文月報の編集者が改変したのだ、などという陰謀説まで現れる始末でした。

 今回、HSTの研究者マリオ・リヴィオが、過去の文献を当たり、ルメートルの論文から膨張宇宙の観測的証拠を消し去った“犯人”を見つけた!と報告しました。

 なんと、翻訳したのはルメートル自身であり、宇宙膨張についての決定的な証拠の部分を削除したのもルメートルだったのです!
 リヴィオは、論文掲載をすすめる英国天文月報の編集者に対してルメートルが送った返事の手紙を発見しました。
 そこには、銀河の観測データから得られた宇宙膨張率について、「もはやおもしろくないので、再録するには及ばない」と書いてありました。
 
 ルメートルは、ハッブルが自分と同じ結果を出したことを知って、自分の結果が正しかったことに満足し、興味はもう次の研究テーマに移っていたのです。 今なら、壮絶な「発見の先取権」争いが起きてもおかしくないでしょうが、ルメートルはそんな俗っぽい顕示欲とは無縁だったようです。
 宇宙膨張の発見の栄誉はハッブルに冠せられていますが、ルメートルが重要な発見をしていたこともまた事実です。

 歴史に「もしも」は禁物ですが、もしもルメートルが自身で翻訳した論文に宇宙膨張についての観測的考察を再掲載していれば、「ハッブル宇宙望遠鏡」ではなく「ルメートル宇宙望遠鏡」が有名になる、そんな世界になっていたかもしれない。 そう、ハッブル宇宙望遠鏡のホームページは結んでいます。

 原文は英語ですが
HSTのプレスリリース
・M.Livio「失われたテキストの謎」Nature 479、P171(2011年11月10日号)
をご覧ください。

2011.11.20記(石坂

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